98字日記ー2014年11月

11月30日(日)
レイモンド・ブリッグズがデザインする高島屋チャリティーサンタが人気となり、すぐ売り切れるとか。20年前の最初から買ってきて人にもあげたりしていたが、これからは毎年一つにしよう。彼の本も売れてほしい。

11月29日(土)
上野動物園のホッキョクグマ「ユキオ」が25日に死んだ。水の中を泳ぐ姿が勇壮だった。大きな身体がゆらりと揺れたかと思うと一直線にスーッとすべる。真っ白い毛が後ろになびく。水槽の横から眺めて飽きなかった。

11月28日(金)
「映像が浮かぶと、小説になる。言葉になる以前の段階が浮かんでこなくては言葉にならない。言葉は常に後から遅れてやってくる」。小川洋子『物語の役割』で言葉による表現について息遣いをきく。小説の翻訳も同じ。

11月27日(木)

ストレッチャーに横たわり病院内の長い距離をひたすら移動する。押しているのは一人の女性看護師で、目を開ければ天井か眩しいライト。まれに外の冷たい空気が頬を撫で、このまま青空に入っていけたらいいのにと思う。

11月26日(水)
看護師さんに「愛車です」と運ばれた車椅子が脚の代わり。その仕組みを初めてつぶさに知ることができてよかった。たぶん最もシンプルな形だろう、二つの大きな後輪を回す細い輪がすぐ外側にあり、左右の手で転がす。

11月25日(火)
ビルケンシュトックの黒いエナメルのサンダル、とよぶのだったか、踵を覆う部分はないけれど、足裏のあたる底がしっかりと湾曲して持ち上がり、脱げ落ちたりしない靴を、かなりボロボロになっても愛用している。

11月24日(月・祝)
とつぜん気になり出して頭から離れない言葉・・・今日の場合はAs Good As It Gets だった。どう訳す? これはもちろん邦題では『恋愛小説家』となっている映画のタイトル。「望みうるべきベストの」では、どう?

11月23日(日)
昨日、病室でケーキを食べながら25年前も入院中だったと思い出した。バイクで転倒し肋骨を5、6本傷めた私と一緒がいいだろうからと友達の同じ日の誕生会にMだけ招かれず可哀想だったことを。不甲斐ない私。

11月22日(土)
原発再稼働、辺野古など次々と国家権力で押し通そうとする大きなものを目の当たりにする現状の中、今日から映画『三里塚に生きる』がユーロスペースで公開されたはず。DVDで観せてもらってはいても大画面で観なきゃ。

11月21日(金)
続き。つまり、この数日、98 字だと思っては120字ほどを送って訂正を繰り返した。 平常心でいられなかった理由は「うまくいく?」「ごめんね」といった感情のほかに何より身体を束縛されることへの反感にあった。

11月20日(木)
この欄を手で書いてもパソコンで打っても、最近は自ずから98字になるので、腕利きの職人になったような自惚れを密かに持っていた(もっとも質がないから職人さんに失礼だ)。ところがこの数日のヘマの多さは!

11月19日(水)
高倉健の訃報とともに数々の悼む声や記事が並ぶ中で、私が興味をもったのは映画『あなたへ』が武蔵野市の旧桜堤小学校体育館でクランクインされたこと。あの蜂の巣校舎と呼ばれ愛された小学校が閉じられていたなんて。

11月17(月)-18(火)

変形性股関節の人工関節置換の手術を受けた。深谷英世先生。麻酔が効くまで好きな音楽を、と言われ、ジャズにしたけれど、あまりよく聴こえず。ベッドで同じ姿勢を保つため腰が痛かったり幾本もの管につながれたり・・・。

11月16日(日)
今この文を打ち込んでいるiPad、人目のあるところで使っていても誰も振り向きもしない。画面にキーボードが現れ、日本語を入力して送信すれば一瞬にして目指す相手に届く、それを日常的にやっている自分が不思議。

11月15日(土)
今夜、年間成績上位8人のプロ・テニスプレーヤーによるワールドツアー準決勝の一組がジョコビッチ対ニシコリとである。錦織圭はここに到ったことで充分。3位が初出場の品位ある最高結果だと思うけれど、どうかな?

11月14日(金)
聞いてなかった、という言葉は確かにどんなときも非難パワーをもつ。どうしてそんなに前もって知りたいの?全身麻酔の前にまず局所麻酔で背中に針を刺し硬膜外麻酔をするなんて聞かなくても、私はいい、信頼する。 

11月13日(木)
バルトークのミクロコスモスの他に1986年、橋本孝治作・史上最大手数の詰将棋も同じ名前だと教えられた。私にとって今日からの一カ月はマイ・ミクロコスモスになるのかも知れず、煌めいて、そうなってほしい。

11月12日(水)
以前、大阪圏内の駅に外国人達といたとき、一見してホームレスの人に何か聞かれた女子高生が短く答えて去るのを見て、アメリカ人が驚いた。アメリカでは警戒され、そんな光景は
あり得ないという。「ビッグイシュー」が売れる日本がいい。 

11月11日(火)
ハシビロコウの手拭いと並んで最高のハンドタオルができた。白地に青、青地に白で裏表、顔が見事に織り込まれ、上下に焦茶色の縁。そこにSHOEBILL UENO ZOO の文字がある、今治タオル製作の1点は私のお守りに。

11月10日(月)
ピアノを弾いていない。とつぜん弾きたくなった。この1、2年、少しずつ歩くのが不自由になり行動範囲が狭くなって何をしなくなったか考えると、脚と関係ないことが多い。なぜか。ミクロコスモスを通して弾こう。

11月9日(日)
人の声の温かさをおもう。家族や友人や隣人の声に硬くなっていた神経がはらっと解ける。でも言葉で傷つくこともあり、オレオレ詐欺など摩訶不思議なこともある。夕べに灯る明かりのような声をもちたいし聞きたい。

11月8日(土)
村上春樹が09年イスラエルの文学賞を受けた際のスピーチ「壁と卵」はガザに対するイスラエル軍の攻撃への批判だった。今回はウェルト紙の文学賞を受けてベルリンで、「壁」と闘う香港の若者たちへのメッセージ。

11月7日(金)
片岡義男が朝日夕刊で終えた『豆大福と珈琲』は、久しぶりに昔の、私が追っかけのごとく読んでいた頃の小説の〈カタオカの世界〉だった。この短編を書いたことで長編執筆を決意したという。白いTシャツが何になる?

11月6日(木)
ふっと眠ったらしく、20分の安静後、柔らかなクリーム色のカーテンに包まれたベッドの上で目を開ける。看護師さんから、見ますか?と聞かれた。必要時に自己血輸血のため400ccを採血された後のこと。いいえ。

11月5日(水)
新しい濃紺のキャリーケースがMの手配で届いた。国内線・国際線の機内持込み適応サイズで、ニューヨークにこれひとつと普段のバッグだけで行くことを想像する。実際は2階から降ろすだけでも人の手を借りるのに。

11月4日(火)
短編集『はるかにてらせ』が著者の栗林佐知さんから届き、ん? と一気に断片がつながりメール。『ぴんはらり』で太宰治賞を得て以来の出版とのこと。翻訳塾で出会い共通語が多いひとと、石井桃子、ロアルド・ダール・・・

11月3日(月祝)
なんと夏から美容院に行っていず2ヶ月半ぶり。温かくてさっぱりとした心配りで雑誌を読むときは膝にクッション、シャンプーのときは脹ら脛の下にクッションを置いてくれて、うなじに当てられる熱いタオルで、ふう。

11月2日(日)
附中の同級生からクラス会の案内をもらいながら、また欠席の返事。なかなか出られないけれど、一枚の葉書が級友50人の出席番号順の名前をいまも完璧に口にのぼらせる「身に染みついた」B組なのだ。元気でいてね。

11月1日(土)

「そのなみだは、いつもあの校庭のレンガべいのそばの日だまりに、ひとりぼっちで立っていたワンダのことを考えると・・・『そうよ、百まい、ずらっとならんでる』とくりかえしいったワンダを思うと・・・いつもうかんでくる、なみだなのでした。」(エレナー・エスティス作、石井桃子訳『百まいのドレス』から)