98字日記ー2019年3月

3月31日(日)
東京ステーションGで『アルヴァ・アアルト』をみる。以前にみた別のとは印象が違い、専門家向きの感じ。私の理解は及ばず、ただ、薄い引出しを引くと上に置かれた立体物の図面が見られる展示法が良かった。

3月30日(土)
NHKテレビ日曜美術館で紹介された作中の3枚の絵の素晴らしさに期待していたカズオ・イシグロ『浮世の画家』は、映像は美しく心に響く台詞もあったけれど、話も登場人物もよく分からないドラマになっていた。

3月29日(金)
東京都現代美術館が3年ぶりに開き、今日は無料のオープニングで帰り道に寄る。企画展『百年の編み手たち』は改めて見直すことにする。人が多いのは疲れて。でも数週間ぶりに美術館に行く体力が戻って嬉しい。

月28日(木)
今日で今期の終わり。横浜と新宿の隔週クラスでメアリー・シェリー『フランケンシュタイン』を課題とし、前に扱っていたので、それを深める方向でよかったのだが、少しでも分量を多くと思うため添削に疲れた。

3月27日(水)
滅多にないというか初めてか、目が覚めたら8時半だった。9時半のバスに乗るというのに。座って行かなくてもよければ20分あとでいい。シャワーを浴び、コーヒー、ブロッコリー、黒パンに苺ジャム。嗚呼、春!

3月26日(火)
今朝の天声人語が自動翻訳のダメな例として地下鉄の公式サイトで見つかった言葉をあげているが、翻訳ソフトを信じるなんてひどすぎる。加藤一二三棋士の名が数の英語になっていたのは将棋会館のサイトだった?

3月25日(月)
小久保晴行さんの優れた最新作『されど未来へ』をすぐに読み切った。50数冊の単行本のうち回想録は初めてとか。私は3年後の生まれで、共有する所や人の名前を幾つも重ねながら、歩みの違いを探りたいと思う。

3月24日(日)

ジャカルタに地下鉄が通った。明日からの運行に運賃が決められず、4月1日まで無料というのもインドネシアらしい。大混雑しないか私が心配することはないけれど、これを夢と語っていた商社マン達の顔が浮かぶ。

3月23日(土)
このブログの名前は、ジョージア語の林檎からヴァシュリ通信としている。高1Eのクラス全員について誰かが言葉にしたイメージはそれぞれ傑作で、私は「皿の上の林檎」だった。気取った素朴さという感じかも。

3月22日(金)
静かにしていれば何の不調も感じず、忘れてしまう気管支炎。床暖房と肘掛椅子とウールのひざ掛けのセットは、まさに絵に描いた祖母の姿。勝どきまで行っただけで疲労困憊、美術館に寄ることはできなかった。

3月21日(木・休)
東京も開花宣言。バスの窓からあちこちの桜の木が、ふわっと霞に包まれたように見えるのは、開きかけた花びらの吐息にちがいない。地上では真っ白なユキヤナギが群れ花壇には華やかなパンジー達が座っている。

3月20日(水)
途中で咳込んだ横浜クラスの課題は新聞記事〈AIによる医療〉だった。6階の有隣堂で雑誌『pen』を買って帰る。創設百周年のバウハウス特集で、改めてその凄さを実感する。折込の人物相関図はMの力作。Good job!

3月19日(火)
映画が千円で見られるのは嬉しく、60歳になった時の最高の喜びだった。でもいつの間にか1100円になり、間もなく1200円になるとか。プログラムを買うと2千円。演奏会も高くなった・・今日買ったチケットは6千円。

3月18日(月)
昨日のカズオ・イシグロ、声を聞きたかった。貴重な本人の言葉に完全に日本語を被せるなんて。今朝、パリバ・テニス決勝後のティエムとフェデラーも良い挨拶でしたと言われたが聞けたのは同時通訳の声だった。

3月17日(日)
カズオ・イシグロの『浮世の画家』をNHKがドラマ化放映するので、今日の日曜美術館は作家インタビューと、現代の日本の若い画家三人に描かせた作中の絵の紹介で見応えあり。イシグロの生の声が聞きたかった。

3月16日(土)
気管がゼーゼー言って、歯の治療が始まって、なんとなく不調ではあるけれど、これからの10日ぐらいは1年のうちでも滅多になく予定が少ない。嬉しい。この間からやりたかったジョージア語の練習問題ができそう。

3月15日(金)
勧められて『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ著、斉藤真理子訳)を一気に読む。精神科カルテ用の聞き書として一人の女性の来し方が綴られている。思うこと多し。氏づけの女たち、名前のない男たち。

3月14日(木)
3.14159265358979。暗記しているのはここまで。この数字にちなみ今日は米国でパイの日なので、私もアップルパイを食べた。本当は作ったと書きたいところだけど、絶えて久しく、そういうことをしなくなった。

3月13日(水)
書家の宣子さんが「習いに来てくださる方たちが皆、そのことがなくても会いたいと思う方達ばかり・・」と言っていたことを、ふと思い出す。私もそうだと思いつつ、まあ、私の場合は私の片想いかなとほろ苦く。

3月12日(火)
イギリス東部の海辺の町を舞台とする映画『マイ・ブックショップ』をみる。イザベル・コイシェ監督。本好きには宝石のような作品で、1959年という古さと新しさの入り混じった時代の空気があった。小物が素敵!

3月11日(月)
10日と11日は鎮魂の日。今年も声欄で早乙女勝元さんの投書を読む。いま86歳のひとは東京大空襲の時12歳だった。その目で見た心も凍る隅田川、ぺしゃんこの浅草。東日本大震災の時12歳だった子は今は、はたち。

3月10日(日)
吉祥寺で法事。父の23回忌で、孫達の思い出が私の記憶も新たにする。庭での焚き火が好きで毎夕5時に晩酌をし、孫たちそれぞれがお相伴を楽しんだよう。Mがトリの皮のカリカリ焼きが好きになったのも、きっと。

3月9日(土)
春風亭昇太の独演会に連れて行ってもらう。古典四つながら、立ち話と枕と舞台での着替えという昇太の「オレスタイル」が素敵に現代風。『金明竹』は上方男の口上が見事で初めて聞くような気になった。本多劇場。

3月8日(金)
新日本フィルの「新世界」を公開リハーサルで正午から1時間半、トリフォニーで聴く。上岡敏之指揮。コンマスは変わらず崔文洙で頼もしい。今回の本番は聴きにいかれないけれど音に包まれるのは至福の時だった。

3月7日(木)
日が経つのが早くて、もう3月、とも思うし、まだ上旬であることにほっとしたりもする。高橋悠治さんの浜離宮でのコンサートに行かなかったのは覚えている限りで初めて。当日券があることを確認しておいて・・・

3月6日(水)
気分としては『方丈記』が一番ぴったり。昏い。花屋で黄色のチューリップが大きな桶の中に束ねられていて気を惹かれた。でも朝カルのロビーにあった野の花も美しかった。無理に明るくならなくてもいいのかも。

3月5日(火)
つかの間の晴れ日は生活雑事。門仲のトリュフベーカリーはいつも外に10人位並んでいる。待望の黒トリュフ卵サンドが買えたけれど実は生ハムの方が好き。チーズもよくて今日はきのこのタルティーヌを get!

3月4日(月)
『バリー・リンドン』(1975)は18世紀の英国を知るにも長くみたかった映画。スタンリー・キューブリック監督だし。家のBSでみられたのは本当によかった。3時間という長さを途中で片付けをしたりして紛らわせたし。

3月3日(日)
雨。出かけたいけれど、今日の東京マラソンには3万8千人が参加するという。乗るバスは門前仲町や日本橋と無縁ではいられない。ひっそりと家にこもる一日となった。クリスマスローズがまだ一輪咲いている。

3月2日(土)
隅田川側の築地市場の船着場が昼も夜も暗いままで、すっかり寂しくなった。午後には停泊していたあの黄色い船も、もちろん見えない。ただ夜に川を滑る屋形船の煌びやかさは一層映える。汐留のビル群も増えた。

3月1日(金)
「画家有元利夫はバロック音楽を愛し、自らもリコーダを吹いたが、見出したものを画面の上に開いてみせる有元の絵画は、世界の息を深く吸い込み、吐き出すのに似ていた。一屈一伸呼吸が正しく表現されるとき、その気配が見る人の心をそよがせた。」(米倉守『早すぎた夕映』から)