98字日記―2012年5月

5月31日(木)
運のわるい日もあるものだ。理想的な時間配分で映画を観られるはずだったのに、滅多にない快速に乗ってしまい、バスまで待っていてくれて、家にあっという間に帰り着き、どら焼きをひとつならず食べるとは、ああ。

5月30日(水)
パウラ・モーダーゾーン=ベッカーの作品数点を絵葉書/カレンダーにしてみすず書房が出していたのに気づかず、今頃手に入れた。ドイツに生まれ31歳で亡くなったこの女性の静謐に燃える孤独を身近におきたい。

5月29日(火)
池之端門から入ればハシビロコウにすぐ会える。今日も茂みの上にすっくと立っていた。すぐそばに最近少し太り過ぎなのではないかと思うオカピもいて、それだけでもう上野動物園に来た目的はほぼ達成してしまう。

5月28日(月)
『森薫拾遺集』で改めて乙嫁のアミルの美しさに陶然とし(とにかくあの衣装の模様もザクロも無数の線から生まれているのだから)、エマのための膨大・緻密な調べにただただ森様尊敬。翻訳作業もこうありたい。

5月27日(日)
躑躅が一斉に花を開き、家の近辺は深紅と緑に包まれている。私はハッピーだけれど、新聞の投稿にゲームセンターにいったりせず自然を愛でるべきだとあった。お節介。喧噪の中に身を置きたい人がいたっていい。

5月26日(土)

経産省前テントには最近行っていないけれど、メールが届いた。おととい、老夫妻が山羊に荷車をひかせてやってきた。妻は荷台に座っていて、そこに「脱原発」と書かれているのをみんなが微笑みながら見たという。

5月25日(金) 

一日の98文字が私の短歌、俳句となる。なんの文学性もないし仲間も支持者もいないけれど・・・とすてきな句集の発刊を心から祝いながらも思っていた。ならば、もっと真剣味がなくてはね、と反省もしたりして。

5月24日(木)
曇っているからか夕方だからか、空と川面の境が青くぼやけているときになんとなく聴いているのはケニー・ドリューとハンク・ジョーンズのジャズピアノ。華やかなのにどこか静かで、音が流れながら刻まれていく。

5月23日(水)
乗り物の中で爽やかに席を譲ってくれる人がいると幸せ。こちらもすぐに明るくはっきりと「ありがとうございます」とお礼を言って座る。降りるときに、その人がまだ近くにいれば、もう一度お礼の言葉をかけられる。

5月22日(火) 

ベン・シャーンの絵から第5福竜丸に思いをはせ、改めて脱原発を強く願うが、どうして人間はエネルギーがこんなにも必要になってしまったのだろう。ドイツの太陽熱発電計画も広大なサハラ砂漠を利用してのことだ。

5月21日(月)
金環日食で地球の位置を意識したけれど、私にとっては月そのものの姿こそいつも憧憬の的。これまでで一番美しかったのは、蒼い夜空に浮かんだ三日月の弧の中に金星が収まって輝いていたとき。10年たつかしら。

5月20日(日)
ときどき隅田川を眺めながらデスクトップに向かっていると玄関のチャイムがなり、角の交番の若いお巡りさんの訪問。「変わったことはありませんか。振り込め詐欺にも気をつけて」。毎年、春だなあと思うひととき。

5月19日(土)
青がもう光っている5月の朝の5時。その広がりに浮かぶ歌は「悲しくて悲しくてとてもやりきれない」。声としてはおおたか静流で「このやるせないもやもやを誰かに告げようか」。そして熱いコーヒーを嬉しく飲む。

5月18日(金)
ゲイリー・ラーソンの The Far Side のカレンダーを見つけられなくなってから日々が寂しい。「人類学者が来た!」と言って原始時代風の人たちが電話やテレビを大急ぎで片付ける、あの漫画、壁にかけておきたい。

5月17日(木)
グルジア語の授業に出るのに、テキストもノートも必要なものは何も持たずに、ぼうっと教室に入った。グルジア語で話すことにばかり気をとられていたから忘れたとも言えるし、いつもの私とも言える。昨夜のこと。

5月16日(水)
刺激的に面白かった原田マハ『楽園のカンヴァス』が山本周五郎賞を受けた。この作品が大衆小説としてここで認められたのが嬉しくて。たしか直木賞を蹴った唯一の作家が周五郎で、ぴったりの賞を贈られたと思う。

5月15日(火)
雨。家にいながら1時間近く立ち読みした。棚に目当ての本がなく、手に取ったのが『日本の鶯』で、堀口大學聞き書きにまた魅せられた。「よい言葉の一片が飛来してきて凍って形になる」のをじっと待っていたなんて。

5月14日(月)

1時間に1本のバス路線があり、昼間それに合わせて乗るのはシニアが多い。優先席はとっくに占められているので、新たに杖をついた人が乗ってくると誰が立つか、それとなく周囲を伺い、自分かなと思う。静かな時間。 

5月13日(日)
しっかりと余韻の残る人との出会いは得がたい宝物。それは相手によるというよりも自分自身がその人にどれだけ心を開いたかの結果なのだ。実は人見知りのわたしを自然体にしてくれる人に、ありがとうと言いたい。