98字日記ー2016年2月

2月29日(月)
ディカプリオがついにアカデミー賞主演男優賞。私としてはギャツビーの時がよかった。イニャリトゥ監督の名前はやっと覚えたところで、去年の『バードマン』にはユーモアがほしいと感じ『レヴェナント』は怖そう。

2月28日(日)
今日は一日中、家に閉じこもり、誰とも会わず誰とも口を利かなかった。でもふしぎと饒舌な一日だった気がする。訳稿をみるのも手紙を書くのもメールを読むのも向こう側に人がいるからか。確定申告に取り組みつつ。

2月27日(土)

吉祥寺のさかえ書房はいつ閉店してしまったのか調べたら、2010年だった。やっぱりあの頃。金子光晴のすてきな包装紙もなくなってしまった。外口書店は健在なので、どうかいつまでも古本の宝庫であってほしい。

2月26日(金)

井の頭公園のはな子さん、69歳の姿が銀色に光る。コンクリート造りの檻の中で可哀想だという声もあがる。でも草があれば蚊や虫に襲われるしジャングルにいたら長生きしていない。大切に大切にされているのだ。

2月25日(木)
東電は福島原発事故当時にメルトダウンを判定する基準が社内マニュアルにあったのに5年も気づかなかったという。一方、40年たった老朽原発を60年まで延命させるという。理解できない。どうしてそれでいいのか。

2月24日(水)

時間が足りなくて切羽詰まる。とくに水曜日夜、木曜日の2クラスの添削が終わっていないため。締め切りぎりぎりぎりという生活は学生時代の試験前と同じで、ああ、なんと代わリ映えのない人生を送っていることか。

2月23日(火)

『夜の音楽』の初演で、そのタイトルに相応しいショパン、ヤナーチェク、シマノフスキ、ウルマン。高橋悠治ピアノ・リサイタル。曲も演奏も夜を透き通らせた。聴いたはずなのに視た思いがあるのは、なぜなのだろう。

2月22日(月)
S・アレクシエーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』(岩波現代文庫)は、作家のメモと訳者あとがきから、少しずつ、読もうと思っている。訳者の三浦みどりさんはノーベル文学賞受賞を知らずに64歳で亡くなった。

2月21日(日)
韓国での今週のベストセラーは尹東柱の詩集の復刻本だそうだ。『光と風と星と詩』。私が持っているのは1984年版の初版で伊吹郷訳。好きなのは、ごく短い詩。「ヌン(雪)がまっしろにふりヌン(目)がまぶしい」。

2月20日(土)
カレンダー好きにしては日めくりは想定外で、まして卓上は使ったことがなかった。今年初めて求め、毎日繰るわけではなくても楽しい。1枚ずつ裏側に回すと過ぎ去った日数が厚みになり、1年を分量で実感している。

2月19日(金)

東西線で初めての妙典に行ってみれば、駅前の映画館まで家から30分。真っ先に観るつもりだった『黄金のアデーレ』がもうここでしか上映されていなかったため。次はNYのノイエギャラリーに作品をみに行きたい!

2月18日(木)

久しぶりに夜まで勝どきの部屋にいて、パソコンに向かいながらオレンジ色と金色の東京タワーに目を休める。途中にブルーの帯がはさまれているのは何のメッセージだろう。来週早々、満月のときは下がピンクになる。

2月17日(水)

立川駅のあの華麗さはなに、と思い返している。50年の月日が育ててきたものが地面の見えない立体交差道路でありモノレールであり有名ブランドの店の数々なのか。貧困児童という凄まじい言葉が一方にあるのに。

2月16日(火)
復刊ドットコムに『きんいろのしか』を載せていて、投票が50人に達したと連絡があった。でも10年かかってやっと!なので、復刊の望みはなさそう。でも最近、説得力のある素敵な紹介文が書き込まれたのを発見。

2月15日(月)

田中さんのお母様が亡くなられたとのことで、遅ればせながら立川の御宅に。40年も前に作っていただいた雛人形のひとつを持っていき、優しいお顔の写真に語りかける。晴天なら前に富士山が見えるというお部屋で。

2月14日(日)
シューベルトの『冬の旅』をフィッシャー=ディースカウで、となればベルンハルトを想わずには聴けない。あの知性と感性を、と思っていたが笠井叡の宇宙はもっと、もっと深く奥行きがあって吸い込まれそうだった。

2月13日(土)
美容院で、PEN の『スヌーピー特集』を差し出された。私の好みをよくご存知! 思わずチャールズ・シュルツさんの晩年に原稿を通じての接触があり心から尊敬していたことを話し、これは買います、と情報に感謝。

2月12日(金)

貧困すれすれで二人の子どもに碌に食事を与えられないという母親の話をよく思い出す。お金の使い方でどうにかならないのかと、1個百円しないキャベツやじゃが芋でスープを作りながら、知らない人に思いを馳せる。

2月11日(木・祝)

きのうの続き。あの物語(実際は童話といっている)は内容が面白くないのです、と早速、教えてくれた人がいた。そうか。ただ、私が涙したのは子どもたちに新たな刺激を与えようとした先生の気持ちと実行力なのだ。

2月10日(水)

TV番組「クイズやさしいね」で感激したやさしさは多々あり、そのひとつの「1006の漢字で6つの物語」は小学校の先生が、小学校で習う漢字を全部入れて作ったもの。こころトゲトゲくんのファンの私も涙だった。

2月9日(火)
博多織のブックカバーが手に心地よい。濃紺に艶青の織模様で、しっとりとした厚みが気持ちまで落ち着かせてくれる。こういう良い物だけを身の回りに置きたいと思いつつ、沢山のガラクタに包まれているのも実は楽。

2月8日(月)

映画『ザ・ウォーク』をみる。ドキュメンタリー『マン・オン・ワイヤー』に勝るだろうかと思っていたら、予想を遥かに超える作品だった。全編に満ちた透明感はツインタワーへのオマージュでもあるのかも知れない。

2月7日(日)

人とは違う方向音痴だと昔から自覚していた。誰でも分かる正門を見つけられずに裏門にたどり着く。昨日は慶応大学病院に行くのに信濃町駅の前だと知っていながら四ツ谷を目指し、駅に降り立つまで気づかなかった。

2月6日(土)

ピエール・ルメートルの名は現代フランスのミステリ作家として気になっていた。それで『その女アレックス』邦訳を読んだのだが、うーん、ディテールの残酷な描写に耐えられず、読み飛ばす。警察側の人物表現は見事。

2月5日(金)

本を買い展覧会の情報を得るのに、インターネットは欠かせない。翻訳するうえでも昔は図書館に行かなければ、あるいは行っても分からなかったことが手元で調べられる。その豊かさを共有できない同世代の友人がいて・・・

2月4日(木)

なぜかとても疲れて帰ってきて、シュークリームが食べたいと思う。でも買いにいきたくはないし作れない。新鮮なサツマイモを一本、まるごと焼き芋にする。上出来! 大きく切ってバターやカッテージチーズとともに。

2月3日(水)

冬の青空は少し寂しく胸にすとんと落ちてくる。この頃、杖をついて歩く人が多くなったのを感じる。杖のたすけで外に出る人が増えたのかも知れないし、そういう人が多い時間帯に自分が動いているということだろう。

2月2日(火)

この頃スズメを見なくなった。あのチュンチュンという鳴き声も聞かない。どこに行ったのか。雀という字も不思議と魅力的で、雅号にいれる人も多いらしい。田中さんから届いた絵葉書のかわいい雀の写真に心和む。

2月1日(月)

わたしは読む。病気のようなものだ。手当たりしだい、目にとまるものは何でも読む。新聞、教科書、ポスター、道端で見つけた紙切れ、料理のレシピ、子供向けの本。印刷されているものは何でも読む。(アゴタ・クリストフ『自伝ー文盲』冒頭、堀茂樹訳)