98字日記ー2019年6月

6月30日(日)
最初の1篇で心を掴まれた。シャルル・フェルディナン・ラミュの短篇集『パストラル』。スイス・ロマンド文学の代表作家だそうで、笠間菜穂子訳が最高。この人しか訳せないものを卓越した日本語で読めるのは幸せだ。

6月29日(土)
昨日の朝刊に掲載された作家・高村薫の寄稿『原発と人間の限界』は、4千字ほどで日本の原発の来し方・行く末を透徹した論理の展開で描き出していた。原発について考える時、これを私の教科書にしようと思う。

6月28日(金)
『あとは切手を、一枚貼るだけ』の「一通め」を読みながら感動する。著者は小川洋子と堀江敏幸。その書き方で小川洋子だと察するものの目次は次が「二通目」となり、「め」と「目」の分担がわかるのは本の裏扉で。

6月27日(木)
ありがとうございます、と一日に何回も言う。まるで口癖のようだが、心からそう思って言う。エレベーターの扉を押さえていてくれて、メトロやバスで席を譲ってくれて、授業で訳を読みあげてくれて、店で、道路で。

6月26日(水)
あのプライス蒐集品のうち若冲や抱一など190件を出光美術館が購入とのこと、凄い!私は東劇のスクリーンで玉三郎の『鷺娘』をみる。雪の舞うなか幾度も早替わりしながら個性を光らせる美しさ。至福の30分だった。

6月25日(火)
上野で会議。このところ徒歩5分というのに裏切られてばかり。国立競技場前駅から慶応病院、六本木駅から新国美、東西線から千代田線への大手町乗換え、今日の根津駅から鷗外荘。歩けない自覚にとぼしいのかも。

6月24日(月)
雨の月曜日、で今日開いている六本木へ。国立新美術館で「ウイーン・モダン」(Mが好きだというシーレの『ひまわり』!)そしてボロフスキーかと思い違いしていた「ボルタンスキー展」。刺激的な表現、いい!

6月23日(日)
映画『タイタニック』の好きなシーンだけ見る。素敵に年取ったローズを演じたのはグロリア・スチュアートで、当時87歳だった。1910年に生まれ2010年没。あの青い宝石を「はっ」と海に投げ入れるところ・・・

6月22日(土)
午後、勝どきの部屋にこもり、二つの展覧会「ウイーン・モダン クリムトとシーレ 世紀末への道」(重いのをMが買っておいてくれた)と「ある編集者のユートピア」の図録を読む。小野二郎さんには会っていない。

6月21日(金)
Battleship Yamato をクラスの船につよい人が読んであらましを聞かせてくれて、落ち着いて読む気になる。締めの文を訳してお礼にするため久しぶりにSF講和条約時のセイロン代表の涙の出る熱いスピーチを読み直した。

6月20日(木)
慶応病院にお見舞いというか講座を休んでいる人に会いに。数年前と比べてもすっかり綺麗になった病棟が居心地よさそうだった。でも家でのくつろぎは家にしかないのは私も経験済み。早い快復を心から願いながら。

6月19日(水)
昨日、映画『クリムト』を見た。いまクリムトとシーレの展覧会が注目を浴びているからか、その説明に終始する教科書の感じで物足りなかった。ナレーションが全て日本語吹替なのも興ざめ。柄本佑はよかったものの。

6月18日(火)
今年用の白いTシャツを3枚、銀座のユニクロで買う。もっと空いている店に行けばよかった。レジ前の列に中国人が割り込もうとしたりする。中国人かも知れない若い男性のレジ係がたしなめテキパキと処理するのが見事。

6月17日(月)
香港で5年前の「雨傘運動」以来の大規模デモが起きている。「逃亡犯条例」をめぐって中国本土に対する香港政府の態度に市民が危惧している。一国二制度が保たれるよう中国の若者が支援してくれたら素晴らしいのに。

6月16日(日)
岩波ホールで待望の『ニューヨーク公共図書館』。でも疲れた!アメリカ人特有の滔々と淀みない語りの連続に見終わったら肩が凝っていた。もちろん良きシーンもありながら、図書館大好き人間には言葉が多過ぎた。

6月15日(土)
大雨と強風が予想された一日で、横浜まで行かれないかも知れないと微かに期待もして(授業は楽しみなのに怠け心が忍び寄る)いたが、いかにも梅雨らしい細かな雨に閉ざされただけだった。で直帰(懐かしい言葉)。

6月14日(金)
この4日間、ほとんど朝から晩まで動いていた感じで(大げさ)、朝に目覚めてみると今日は動きたくない日だった。あの映画を見るには1時間後には出かけなくては、などと思いながら、ソラマメのスープをのんでいた。

6月13日(木)
6人のクラスで5人が休みのため1人、という経験を初めてした。といっても中身が変わることなく、受講してくれる方の話をいつもより沢山聞いていると、30分後に一人が飛び込んできて中央線が止まっていたとのこと。

6月12日(水)
最近、幾つかジャン・モリスについて読み、2年ほど前に出された Battleship Yamato に興味を覚えた。新書を少し幅広くして横向きにした美しい形。でも Of War, Beauty and Irony という副題通りの内容は未消化のまま。

6月11日(火)
今日一日、家では古い家電を外し、新しい物を取り付ける作業でいっときは7人とか8人が一斉に動いていた。力仕事であり細かい手仕事でもある。心から尊敬してしまう。予定通り、きちっと仕上げられた物は全て美しい。

6月10日(月)
米映画『ドリーム』を家でみる。2017年作。1961年、宇宙開発競争が米ソで繰り広げられていた時、NASAの研究本部で天才的な数学の才能を発揮した黒人女性たちの実話。原題 Hidden Figures を、なんという変え方。

6月9日(日)
いま米国が、というよりトランプ大統領が目の敵にしている中国の通信機器企業ファーウェイ(華為技術)について読む。シンセンに置かれた本社の広さ、豊かさは今後、中国の人達の幸せにつながっていくのだろうか。

6月8日(土)
届いた工程表を見ると、火曜日の朝から夕方まで我が家に何人もが出たり入ったりして作業をする。今から落ち着かない。それが終わったら、お見舞いに行こう。あそこの美術館に行こう。映画もあれとあれを見よう!

6月7日(金)
バゲットを焦げ目がつくまで焼き、パテ屋のレバーペーストをのせアボカドをのせ、醤油をたらす。最高。次はスモークした牡蠣と法蓮草のペースト。それからいくつかの生野菜とフーマス。コーヒーと深蒸茶。

6月6日(木)
少し疲れが残っているけれど来週の工事まで数日、決まった予定のないのが嬉しい。日々、きわめて日常的でありながら、かなり勝手気儘の連続でもあり、これがしばらく続いて欲しい。歯の治療の予約は2ヵ月先だし。

6月5日(水)
横浜の帰りに、小さな青い花束と共にパテ屋さんに。パテだけ買って帰ろうと思っていたのが結局は1時間ほど幹さんの絵とのり子さんのインスパイアリングな話で過ごす。一筆書きのような絵の線が美しい、とても。

6月4日(火)
今朝は5時に目覚め、藤木大地のリサイタルを心に落とすように見て聴く。「死んだ男の残したものは」は、幾度聴いても震えるごとく。最後は同じ武満徹の「小さな空」。窓の外は、しんと静かに佇む初夏の樹木の緑。

6月3日(月)
作業がしやすいようにソファを後ろに引くと、失くしたと思っていたメモが出てきた。大切な数字の記録で、請求しなおせばいいことではあったけれど、外で落としてなくてよかった。よく失くしものをするので反省。

6月2日(日)
読んだことのない作家の小説に手を伸ばし、どんどん気持ちが暗くなり、明日まで引きずりたくないと思い、かなり読み飛ばして最後までたどり着いたら夕方になっていた。休みたいときは自然に休むようになっている。

6月1日(土)
生徒たち「うわあ、いい景色」。先生「思ったとおりに描いてみよう」。キクチくん「ののちゃんさあ、なにがどう見えようと人のかってだけど、目の前の海と島がジャガイモとイチジクはないと思うぞ」。ののちゃん「みかんとリンゴですけど」。(いしいひさいち作『ののちゃん』から)