98字日記ー2013年1月

1月31日(木)

母のお命日を忘れがちなのに、お誕生日は絶対に忘れない。今日。そして必ず、4日前だったと思い返す。25年たったとは信じられず、いまだについこの間のことのよう。でもこれからもお誕生日を花で埋めることに。

1月30日(水)

バスで座っていると前に8歳くらいのインド人の女の子が二人、立った。目の前に下がる、紐の結び方がどことなく見慣れないポシェットや飾りの兎をじっくり見せてもらう。静かに話しては、くすくすと笑っていた。

1月29日(火)

日本橋高島屋の和洋酒コーナーは好きな処。よく予算に応じてワイン1ダースを取り混ぜたり、訪問先ですぐ開けられるようシャンペンを冷やしておいてもらう。今日は贈るウイスキーを、とても悩みながら1本選んだ。

1月28日(月)

今日も大橋美加・ニューアルバム「By Special Request」がBGM(美加さん、ごめんなさい)。1曲だけ日本語でも歌う「ペーパー・ムーン」はご自分の訳で、「満月ほんやく文庫」に掲載された。昔なじみの曲なのに新しい。

1月27日(日)

2週間前の雪が、まだ木の根元や街灯の下に小さな山をつくっている。小学生が通りかかると必ず嬉しそうに走りより、足でぎゅんと踏みつける。いまの都会では見られなくなった霜柱が靴の下で潰れる感触を思い出す。

1月26日(土)
テレビ番組で食べるシーンが多すぎる。ドラマで食事のシーンが出てくるのならいい。きわめて雑に食べ物を扱い、味の表現もみな同じ。ときには出演者たちが立ったまま食べて「おいしい!」と叫ぶ。なんだか情けない。

1月25日(金)

大きな遊覧船が隅田川をすべって行き、船上に何人か立っているので、今日は寒い日だと言われていたのに、もう春の兆しがあるのだろうかとよく見れば、浮き輪が縦に並んでいるのだった。夕方の川面は白っぽい銀色。

1月24日(木)

課題として取り上げたシルヴィア・T・ウォーナーの『フェニックス(不死鳥)』の訳が各クラスで終わりつつある。気高く美しいものが人間の欲で滅びていく、かと思いきや全てが灰燼に帰す。冊子にまとめられるか。

1月23日(水)

 日にちとか、時間とか、場所とか、しょっちゅう間違えているのに大きな失敗になっていない気がするのは、周りから助けられているからに違いない。でも・・・失敗になっているのに自分が知らないだけかも知れない。

1月22日(火) 

必ず同じ言葉を聞くのも心地よいものだと思ったのは『めがね』の中のもたいまさこ発する「氷、ありますよ」。講座の最初に「こんにちは。じゃ始めます」と私は言うが、いつも少し恥ずかしい。でも好きな始まりだ。

1月21日(月)

横浜市在住の金原まさ子さん(101歳)の俳句は、満谷マーガレットさんに教えられて知った。「初蝶の翅まだ濡れてゐはせぬか」。石巻市大川小学校の児童七十人が津波にのまれたことを詠んだ句が心に刻まれている。

1月20日(日)

最近、朝刊が届くのがさらに早くなった。4時には玄関の新聞受けから音もなく(多分)滑り込む。この寒い時期に真っ暗な中を配達しているのは、集金にくる中国人らしい学生だろうか。ベッドの中でありがたく読む。

1月19日(土) 

横浜に向かう車窓の右手、真っ白な富士山が青空に嵌め込まれていた。富士山を見て、そのてっぺんにいた自分を想い描ける人は本当に幸せ。その経験のあるなしは人生の豊かさにつながると思う。私は、なしだけれど。

1月18日(金)

ジェローム・K・ジェローム『ボートの三人男』を読みたいけれど見つからないと相談され、手元の丸谷才一訳の中公文庫を差し上げ、アマゾンの古本から1円で補給。おかげで部分的に読み直せてよかった。これは傑作。

1月17日(木) 

毎年、自宅の金柑を収穫し、一つ一つ種を取り、煮詰める・・企業戦士だった男性の定年後の遊びとして何とすてきなことか。瓶詰を郵便小包で送っていただき、こよなく嬉しい。今夜のお酒の肴は黄金色の金柑ジャム。

1月16日(水) 

大変。リコラが手元になくなった。売っている店を一軒しか知らない。このスイス製の herb lozenges はパッケージもいい。キャンディーがざらっと剥き出しのまま入っている紙箱の蓋がしまる時にカチッとなる音がいい。

1月15日(火) 

教育に関する国の行政がフッコ、フッコと足音を立てて行進しはじめた。でも世間はもっと賢くなっているに違いない。教科書や規則に絡めとられることなく、澄んだ眼差しを失わないでいられる・・と信じたい。

1月14日(月)

久しく雪に触れることがなかった。ベランダの手すりに積もった雪を手にとると重く水を含んでいて、きしむ感じが懐かしい。新聞の俳壇を読みながら、こういう日の縁側は寒かったなあと昔の家を思い出したりしつつ。

1月13日(日)

洗濯して取り込んだウールの膝かけに、1センチほどの小さな鳥の羽が刺さっていた。真っ白で、何とよべばいいのか、羽をつくっている糸のような細い1本1本が百はある。生き物の神秘を、ふっと吹いて空に返した。

1月12日(土) 

そして牧南恭子さんも、わくわくする書き下ろしだ。時代小説作家の友人が毎月ここに短編を書いてくれるなんて最高。江戸時代の絵巻物に描かれた人たちから誰を選ぶのか、爽やかな筆致で現れてくる人物像が、いい。

1月11日(金) 

内澤旬子さんが、このHPで書き下ろしの連載を始めてくれた。嬉しい。内澤さんのブログではこれを「嘘で塗り固めた進化模索実験版」と言っている。嘘というより隠れていた彼女が光って見えるからこよなく楽しみ。

1月10日(木)

ここに書く以上に日々記す言葉はなく、きらきらと美しい表紙のダイアリーをどうしようか、下さった人の気持への応え方に迷い、印象深かった絵の題など書きとめていると、ラジオから長谷川潔の「黒の舟唄」。沁みる。

1月9日(水) 

昨夜の電話。少し聞き取りにくく、若いのに脳梗塞を患った、あのひとだとわかった。AWの編集長時代に読者として手紙をくれて以来の長いお付き合い。会ったことはない。声を聞きたくなって、という。元気でね。

1月8日(火) 

玄関ドアにかけてあったしめ縄飾りをはずし、ちょうど咲き切ったカサブランカを三角出窓から片付けて・・・でも気に入っている松ぼっくりリースは、そのまま壁に。破魔矢もあるし、八百万の神に我が家をたのもう。

1月7日(月)

自宅で映画『おくりびと』を、また泣きながらみた。3度目。主人公の妻の反応がそうだったように、公開された当時は「納棺」と聞いて、みる気がしなかった。日本人の原初の心をチェロの音とともに描ききっている。

1月6日(日)

晴れた日の朝、南側の部屋は床暖房と日の光でこよなく気持ちいい。眩しくて青い木のブラインドの隙間を細くする。日本海側は豪雪だそうで、そういう所でも屋内はストーブで温かいだろう。東北の仮設住宅は大丈夫?

1月5日(土)

大量の本のために借りているような小さな仕事部屋でオペラグラスを使う。部屋の暗い向こう隅にあるCDプレーヤーからきこえるのはディスクの何番目の曲か、窓のそばにあるコンピューターデスクから数字を見る。

1月4日(金) 

そうか、こういうものだったのか。人生を、そう思うことがある。まだ終わったわけではないけれど、若いときの想定にはなかった日々を過ごしながら、決して悔いてもいず、喜びばかりでもなく、ただ、そう思う。

1月3日(木)

すぐにも読みたい本が手元にあるのは何て幸せなこと。志村ふくみ『薔薇のことぶれ』はリルケ書簡との出会いを語られているという。愛読した『マルテの手記』も出てくるだろう。『ドゥイノの悲歌』についても、きっと。

1月2日(水)

函館出身のタクシーの運転手さんがとつとつと魚貝類の美味しさを語った。烏賊の刺身は朝だけ。冷凍したら味は落ちる。ウニは獲れたてを手で割って食べる。帆立も東京でなら焼かなくては・・・じゃあ行かなくては。

1月1日(火)

「(沖縄の)島の人々の心や暮らしの中から、千年前の日本の姿がなお真新しく、まざまざとよみがえってくる・・踊り子はひたすら踊りのために踊り・・」『バーナード・リーチ日本絵日記』(1953年 柳宗悦訳)から。