98字日記ー2016年3月

3月31日(木)

古舘伊知郎の報道ステーションが今日で終わった。12年だったそうだ。この人の、その前の奇想天外なスポーツ中継も好きだったし、いろいろ言われながらの頑張りを私は応援していた。最後の挨拶もとてもよかった。

3月30日(水)
築地場外市場で選んで買ってきて皆で食べる、という望みを8人の見事なチームプレイで叶えてもらい(私はなにせず)、夜はグローブ座で矢野顕子と清水ミチコというゴージャスな一日なれど反省を強いられること多し。

3月29日(火)
よその国に行って戦争することなど考えず、ゴミを処理できずに後世に残す危険いっぱいの原発は廃止する。子どもと老人を最大限に大事にする環境を整え、関わる人たちの働きに十分な給金を払う。シンプルなのに。

3月28日(月)

『フランス人は「ママより女」』を紹介し「仏も70年代まで女性は避妊が禁じられ銀行口座も開けない国だったとは信じられない、閉塞感漂う日本社会に疲れたら仏的人生の楽しみ方を取り入れよう」って、一体なに!?

3月27日(日)
春は筍。きのうの宴でも。子どもの時は筍ご飯が好きだった程度で、美味しいと思った覚えがない。10年ほど前、Mと日帰りで京都に行き、筍づくしの昼食を堪能した。町屋風の料理屋での夕食でも筍はもちろん出た。

3月26日(土)
井手邸の桜はほころび始めたばかりながら、自由が丘から歩く途中で古木に咲く花を見る。お花見の宴に出るのは数年ぶり。里芋、菜の花、ぬた、鯛など春の風味。Mに付き添われて、という言葉が馴染むようになった。

3月25日(金)
日本中央競馬会で16年ぶりに誕生した女性ジョッキー・藤田奈七子騎手が昨日、浦和競馬場で初勝利をあげたときの言葉は「ひと鞍ひと鞍、大切に乗っていきます」。知らない日本語だった!少しずつ増えていく語彙。

3月24日(木)
日付は25日になったところだけれど、向いの小学校の教員室にはまだ明かりが煌々とついている。毎年の光景だ。年度末にならなければ出来ない仕事が山ほどあるから、時間がどれだけあっても足りないに違いない。

3月23日(水)
東京タワーが月1回の満月ダイヤモンドヴェールの日で、すっかり日の落ちたいま傍らの窓から見ると、タワーの下半分だけがピンクに点灯して輝いている。上半分は消灯され、満月の光を待つ。川を滑る沢山の屋形船。

3月22日(火)
ヘレン・ケラーの自筆サイン入り写真が出るというのでTV番組「鑑定団」をみる。3分くらいだったと思うが、ヘレンの紹介が完璧だった。ベルとの関係、数カ国語のマスター、音楽鑑賞。17歳の時の肖像は美しかった。

3月21日(月・祝)
明日から乗り物の中でも、ふと出会った人同士も、きっと桜を話題にする。東京でも開花。標本木を厳かに見上げて宣言した気象庁の担当官は昨日、薄桜色のネクタイで、今日は桜色のセーターをスーツの下に着ていた。

3月20日(日)
ケルト文化の原点に渦巻があるように、自分の原点のように感じるものがありますか、とクラスで聞いた。一人の女性は、五弁の花模様といった。一人の男性はブルースといった。私は細かな方眼紙を埋めていくこと。

3月19日(土)
「アド街ック天国」で我が住処の区が紹介された。公園が多いのは日々緑に囲まれる身として嬉しいけれど、子育てに最高とはいえない。毎日2時間食べ放題ランチを子連れで楽しめる店があるのがいいなんて絶対、変。

3月18日(金)
今日の天声人語は面白かった。ギリシャ語をそのまま英語でも使っている hubris (傲慢)を現閣僚たちに当てはめてチクリと刺している。イソップ寓話集ではヒュブリスが女神でポレモス(戦争)に慕われていたという。

3月17日(木)
東日本大震災後、クロネコヤマトが1年間宅急便一個につき10円の寄附をするという発表は感激だった。結果をヤマトのHPで見ると140億円を越し、総合病院の建替え助成などに使われている。素敵な企業理念だ。

3月16日(水)
作家のエリンという名前がアイルランドの旧称だと分かったとき、私は昂奮した。アイルランドにのめり込む激情に触れる思いだった。でも十数人から出た訳を見ても、そうは受け取られていない。この温度差はなに?

3月15日(火)
河瀬直美監督『あん』オフィシャルブック(キネマ旬報)を読んでよかった。徳江と千太郎が満開の桜の木の近くに立つ表紙。二人でどこか近くて遠い処を清々しく見つめている。映画にも原作にもときどき戻りたい。

3月14日(月)
体調を崩すのはデパートに行ったあとのようだ。デパートは好きで、つい用事もないところを歩きまわる。髙島屋にウイスキーを送ってもらう手配に行き、その選択がよかったかどうか気になって今日は一日座っていた。

3月13日(日)
ズーネットで気になるのが葛西臨海水族園のエキセントリックサンダラー。ウニの一種で、このぺたんこの形の貝殻がよく江ノ島のお土産さん屋にあった。化石になったもの?昔、なぜあんなによく江ノ島に行ったの?

3月12日(土)
課題にできるかとヘレン・ダンモアを読んだが踏みこめない。オレンジ賞を受賞したイギリスの作家。期待したわりには読後感が薄く、英語はきれいだし料理の描写がいいし、読むにはいいのに日本語にすると浅くなる。

3月11日(金)

5年で復興半ば。26兆円の予算がどう使われたか知っていなくては。そのうち10兆円が増税で集められ、高速道路や10米以上の壁が作られているけれど小中学生を抱えている貧困家庭が多くあることを忘れずに。

3月10日(木)

家へのバスに乗ったとたん名前を呼ばれ終点までずっと山口さんと話せた。辺野古、慰安婦、在日と、気を緩めず闘い続けている白髪の小さな身体。乗り継ぐバスに小走りで向かう後ろ姿に、ありがとうと呼びかける。

3月9日(水)
3カ月ごとの翻訳塾の更新の時期は少し緊張する。全員続けてくれるか、新しく入る人がいるか、辞められる人がいるか、それによって次の課題を決める。10年以上続けてくれた人たちに感謝をどう表すか考えよう。

3月8日(火)

アボカドの種に楊枝を3本差して水をいれたグラスの縁にかけておいたら、白い根が出て、ぽっかり二つに割れた間から茎が伸びてきて、今はひょろひょろと30数センチにな

っている。小さな芽らしきものも見える。

3月7日(月)
確定申告は相変わらずアナログ方式。必要経費は領収書を整理して出納帳に写す。項目別と月別の合計数字が同じになる瞬間が嬉しいけれど、意識しないのに毎年ほとんど似た結果になり箱の中に収まっている気がする。

3月6日(日)
映画をみたいし展覧会にも行きたい。なかなかその時間の隙間が生活の中で見つからない。好きな時間に起きて眠くなったら寝るという勝手な生活なのに、なぜかしなくてはならないことに追われている、今日中にとか。

3月5日(土)
あまり興味のなかった卓球の試合、この数日の世界団体選手権で日本が進出しているので少しTVで。新鋭が出てきたのはいいけれど平野早矢香はどうなったのかチェックすると世界40位だった。スポーツ界は厳しい。

3月4日(金)
しんと静かなジョルジョ・モランディ展の会場で絵とゆっくり向き合う。東京ステーションギャラリーの木の床と煉瓦の壁面がモランディの白を故郷のように受けとめていた。雨の中を訪れたボローニャの佇まいを想う。

3月3日(木)

博多は一昨日、雪だったという。春はまだ遠いのか。でも今日はあったかかったよと聞いて心が和む。カツオのたたきが「さく」で届いたのを切り分けながら、生姜はずぼらにチューブ入りを使う。もうすぐハツガツオ。

3月2日(水)

横浜のカルチャーで『ベーオウルフ』を読む講座にトライアルで参加。英文学最古の伝承のひとつがどういう言語で書かれているのか触れてみたかった。その想いは達せられたので次は日本語か現代英語への訳書を読もう。

3月1日(火)

「(ふき味噌の)つくりかたは長年おなじである。ふきのとうをざくざく刻んで小鍋に入れ、味噌、みりん、醤油、酒をくわえて弱火でもったりと煮る。しだいに立ち上がる濃厚な香り・・・このほろ苦さ、このえぐみ。春の味だ」(平松洋子『春を探しに』から)