98字日記ー2014年6月・7月
7月31日(木)
朝6時からの音楽番組で珠玉の演奏。庄司紗矢香とメナヘム・プレスラーのデュオで、バイオリンの演奏はブラームスがよく、1923年生まれのプレスラーはアンコールでショパンのノクターン第20番を弾いた!
7月30日(水)
上野動物園がまた8月9日—17日、夜7時まで入園できる(8時閉園)。そのポスターが美しい。暗い茂みの中でハシビロコウがこちらを見ていて横に小さく「おしずかに。」とある。昼は動かない動物たちに会おうかな。
7月29日(火)
小さな白い三角窓においたオリーブの木の鉢植えがなんとなく元気がない。朝、必ず真っ先に細長いガラス窓を押し開けて網戸だけにするので光も風もあたっていると思うのだけれど、話しかけてもしょんぼりしている。
7月28日(月)
以前持っていた石が見つからない。とくに黒い石炭に羊歯がはっきりと残っている化石が懐かしいのに行方が分からないまま。山口県の炭坑跡に東京国立科学博物館の人たちと一緒に行って採集した大切なものだった。
7月27日(日)
非正規雇用者という括りで働く女性の多さを示す数字にため息がでる。それも若さゆえの一時的な処遇ではなくて、何らかの理由で家計を支えなくてはならない人たちが多い。だから一方で子どもの貧困率が過去最悪に!!
7月26日(土)
『ギルバート・グレイプ』を、もう何回目だろうか、しっかりとみる。隅々までいきとどいたシナリオの良さに加えて、子役のディカプリオと若きジョニー・デップの煌めくような才能がここに永遠に刻み込まれている。
7月25日(金)
大きなビルの入り口で、珍しくドアが自動ではなく、私は杖をついていたし連れは若い女性で荷物を持っていた。でもすぐ後ろにいた男性は私たちがやっとドアを開けるのを待って、ついて入ってきた。ダメな日本男子。
7月24日(木)
このところ一日、一日を生きる日々で、先のことを考えるときも終熄のための助走という感じだった。今のように夜、いったん眠ってから夜中に起きていると、ようやくまた長いスパンを思い描ける気がしてきた。多分。
7月23日(水)
年に一度、これこそ本当に良しと納得する場を求めてきて、今年は、前から気になっていたタテルヨシノ銀座。ヤッコマリカルドで服を買って、そのまま着替えて行くという楽しき綱渡りをしながらの大正解の正餐だった。
7月22日(火)
A・マッケイグの掌編『財布』の訳を50人ほどとしているが、作品としての評価がさまざまなのが興味深い。終わっていない気がするといってユニークな続きを創作した人もいる。私は人生のある断面として面白かった。
7月21日(月)
自分をgoogle で検索なんて、まずしないけれど、昔ある委員会でご一緒した方の名前をどうしても確認したくて試行錯誤して分かったのは、ウェブではかなり多くの公私の記録で私は「芽香子」であること。なるほど。
7月20日(日)
家で読んだり観たりして気になったことを書き留めるノートは、今とても気に入っているオランダからのお土産だ。厚紙の表紙はチューリップ模様で、地味な色合いがいい。小口を抑えておくように赤いゴムベルトつき。
7月19日(土)
朝5時に起きると緑が水気を含み、見た目には涼しげだ。鳥たちのピッ、ピッという鳴き声も澄み、よし、出かけるぞという気にさせてくれる。でも横浜に向かうのは9時半でいい。シャワーの仕上げが水になって、夏。
7月18日(金)
「言葉のお守り的使い方」を指摘したのは鶴見俊輔さんだった。お守り言葉を捨てて普通の易しい言葉で哲学を語ることで戦後を歩き出したのだった。『言葉はひろがる(たくさんのふしぎ傑作集)』を入手して、楽しむ。
7月17日(木)
10秒くらい眠って短い夢をみるようになった。物を重ねたり箱に詰めたりすることが多い。引越のトラウマだろうか。でも10秒ではなく40分眠っていたのかもしれない。夢だと思って本当にやっていたのかもしれない。
7月16日(水)
文字を読んでイメージすること。翻訳で絶えず意識する基本的な心のありようで、塾ではお互いにそれを確かめ合っているつもりだけれど、もちろん個人差がある。文字面だけを追わずに絵を描くことを、どう伝えよう。
7月15日(火)
好評のディズニー映画『アナと雪の女王』はアンデルセンの『雪の女王』が姿を変えて英語で映画『FROZEN』になったもの。「ありのままのわたし」を「蟻のまま・・」と思った子がいたらしく、その方が自然な反応。
7月14日(月)
村上龍原作を5回のオムニバス・ドラマにした『55歳からのハローラライフ』は、とくに最後の「空を飛ぶ夢をもう一度」のイッセー尾形、火野正平、小林薫、奈良岡朋子たちの存在感が抜きん出ていた。音楽もGood。
7月13日(日)
デュフィの『電気の精』をTVの日曜美術館で観て、パリ市立近代美術館でこれに遭遇したときの喜びを思い出す。住宅街でフランス人に道を尋ね、ショップでメサジェの画集を見つけ、帰りに小さなカフェに寄ったことも。
7月12日(土)
before とafter の比較には心ときめく期待感があるが、before のときににっこりと笑いafter でつまらなそうな顔をしている化粧品や鬘のCMを見たい。絶対にその反対なのは商品が何であれ笑顔に勝るものはないから?
7月11日(金)
健康が何より大切ね、なんて言い切れる人はいいなあ。その通りだけれど、いろいろ折り合っていかなければならない部品を抱えている場合もある。でも初めての病院に行くのは好き。東京臨海病院は広々としていた。
7月10日(木)
台風8号が近づいているために落ち着かず、早く家に引きこもる。いっそすぐ雨が降り風が通り過ぎてくれればいいと思いながらグズグズと過ごし、先週久しぶりにいった万福園の焼肉とサラダを思い出したりしていた。
7月9日(水)
仕事部屋をMと共有する一大企画は着々と固まりつつある――と言いたいところだけれど、まだ片付け半ば。いつになったらお披露目が出来ることやら。でも今日、初めてこれぞプロの印刷機と思えるプリンターを使う。
7月8日(火)
1989年に出向する際、同僚たちから贈られたOxford-Duden のPictorial Dictionaryは今もよく開くが、時代の動きが速すぎて言葉が置き去りになり、あっという間に古くなる。その中で古びない物を捉えておこう。
7月7日(月)
ジョコビッチが優勝して世界ランキング一位に戻った。観衆のフェデラー応援が燃えるようにコートを包んでいて、その熱さをはねのけての試合は重かった。おめでとう。今日の私は添削に没頭したけれど終わり見えず・・・
7月6日(日)
何をしてもスピードがあがらない。片付けているつもりが、かえって散らかったりする。文字の表面を目がすべっていく。デメルのサワースティックと熱い紅茶でウィンブルドンのジョコビッチとフェデラーを観ようか。
7月5日(土)
真夜中にベッドの上で iPad に向かう。家でこの姿勢をとるのは初めてで、色褪せた小さな薔薇模様のシーツが心地よい。4年前の入院中にこの新発売のPCを使っていて先生や看護師さんたちに珍しがられたのだった。
7月4日(金)
思いがけない人の死の知らせがあまりに多く、エドガー・アラン・ポーの詩を詠む。とくに40歳で亡くなったポー最後の美しい愛の詩『アナベル・リー』。怪奇といわれる作品を書く人の言葉はとりわけ煌めきをもつ。
7月3日(木)
駅前で若い女性がにこっと笑った。私を見て自然にぱっと開いたような笑顔だった。不登校の落ちこぼれです、と小さな声。ああ。区内5ヶ所を回って英語をみてあげていた頃に中学生だった子がこんなレディになって。
7月2日(水)
梅雨時なのに訪れるのは局地豪雨。ときには三鷹にまで雹が降る。そして40分ほどで晴れ間が出るのは、まさに亜熱帯地方のスコールのよう。どきっとすることが多すぎる。集団的自衛権の閣議決定から目を離すまい。
7月1日(火)
「わたしはけっして言うまい。『知らない』と。わたしは言うだろう。『調べてみるわ』/そしてわたしは、倦むことなしに何度でも辞書を引く・・・わたしは熱烈な辞書愛好家となる」(アゴタ・クリストフ『文盲』から、堀茂樹訳)
6月30日(月)
斉藤晴彦さん亡くなる。27日。親しくはなかったけれど幾度も会ってきた。最後に観たステージは悠治さんとの『冬の旅』。好きだったのはピランデルロ『作者を探す六人の登場人物』と『肝っ玉母さん』の演技だった。
6月29日(日)
青空がひろがっているし、予報通りになるにしても降る前に、と思って近所のスーパーに出かけ、突然の激しい雷雨と豪雨に足をすくませた。道が、あっという間に川となっていく。安い傘を買って、とぼとぼと家に。
6月28日(土)
虹の文化や科学について総括的に日本語で書かれた本は最近まで、元徳島県立高校の先生だった西條敏美さんの一冊だけだったとか。翻訳塾の人たちが幅広い英語力を生かして、ひとつのテーマを追っていくと、いいなあ。
6月27日(金)
東日本大震災のとき、東松島市の小学校で体育館まで水が押し寄せてきたときに児童に実践させて助かった自己救助法「UITEMATE」という日本語がベトナムやタイに広まっているという。戦争など輸出せず、これこそ。
6月26日(木)
今週の小話はイギリスで知られているらしいジョークをアレンジした。珍しいことに面白かったと言ってくれた人がいて、これで少なくとも三人はヴァシュリの読者がいることが分かった。新しいコラムの出現を乞うご期待。
6月25日(水)
池澤夏樹個人編集・日本文学全集が気になる。ご本人訳の『古事記』、江國香織訳『更級日記』や中島京子訳『堤中納言物語』、そしてソロ作品集として吉田健一、中上健次、石牟礼道子、須賀敦子と選びぬかれたラインアップ。
6月24日(火)
ゴミ捨てに出たら、近所のご夫婦が帰ってきたところで、ご主人が運んでくれるという。遠慮したら、奥様が、じゃあ傘をさしかけていてあげる、いま、険悪になりかけていたから後から帰りたいの、と小声で言って。
6月23日(月)
マヤ・アンジェルウとか安西水丸さんとか、まるで知り合いのように親しんできた人たちが次々と逝く。水丸さんは村上朝日堂でも平松洋子つながりでも、単にいい人ではなくいい人であるところが本当に好きだった。
6月22日(日)
鬱々と過ごした一日、なぜか。Eテレでヤニック・ネゼ・セガンという若い指揮者のマーラー『巨人』を元気のいいフィラデルフィア管弦楽団で聴き、少し気が晴れる。こういう演奏の一番は初めて。会場は空席が多い。
6月21日(土)
青森のある女の人の話をTVでみた。90歳に近く、働き詰めの人生だったが、皆に喜ばれるので山から笹を取ってきては笹餅を作る。岩手の被災者に届けたいと徹夜で百個仕上げることも。心に沁みる美しい人だった。
6月20日(金)
2020・東京オリンピック会場のひとつとして葛西臨海公園が予定されていたのが助かりそう。カヌー競技場になるとのことで反対の声をあげてきた。あの鳥たち、あの魚たち、あの草たちの住処を壊していいはずがない。
6月19日(木)
年をとるにしたがって美しくなくなるのは膝と膝の後ろ。顔や手よりも年齢がでる。赤ちゃんの膝の愛くるしいことと言ったら! 子どもからティーンエージャーになって、膝はきりっとしまる。大人は膝を磨きましょう。
6月18日(水)
涼しそうですね、とバス停で腕時計を褒められた。腕輪に当たるところが透明のイッセイデザイン。こんな風に話が始まることは多く、もう一人、別の人も、ほんと、素敵なネックレス、と話がちぐはぐになって面白かった。
6月17日(火)
持っている本を処分している一方でやっぱり単行本で持つと嬉しい本に出会ってしまう。Mが仕入れた小川洋子の三冊も。『ミーナの行進』は特別好きな作品なので胸躍り、マッチ箱の絵がたくさんあるのも文庫とは違う。
6月16日(月)
中国の月刊誌『知日』はテーマごとの特集を組み、昨年末の「漫画」のときは50万部を完売したと朝日の日曜版が伝えている。「森ガール」「猫」など切り口が新しく、それを読む中国の人たちがいることが嬉しい。
6月15日(日)
日本は初戦で負けた、コートジボワールに。これできっとドログバは内戦をやめようと、いっそう声を高くあげることができる。一度でも勝てば。もちろん強いのだから勝ち続けることもある。 日本は1点取れてよかった。
6月14日(土)
つい数日前、M・マーガレットさんから Do the Right Thingの中のOssie Davis と Ruby Deeの夫婦が好きというメールをもらって、見直そうと考えていたら Ruby Deeの訃報を今朝の新聞で知る。ひとつの時代を現した人。
6月13日(金)
午後から雷雨という予報だったのに、ずっと青空だった。でも渋谷では一時大雨で府中ではヒョウが降ったのだから、パッチワーク模様の空が東京を覆っているに違いない。クリニックで血流をよくするようにいわれる。
6月12日(木)
雨と雨のあいだに緑に包まれる径に立ち、ああ、おいしいお茶を飲みたいと思う。湿った空気の、そのただなかでお茶を飲みたい。突然そこにカフェが現れるとか、誰かがカップを差し出して、ほら、と言ってくれるとか。
6月11日(水)
雨。ニューヨークの Books of Wonder を久しぶりに訪れる。ネットでそれができる凄い時代。とにかく東京もニューヨークも書店がなくなる話が多い中で変わらずそこにあることが嬉しい、緑の旗と扉の子どもの本屋。
6月10日(火)
大人になるのはつまらない。幼いとき、若いとき、憧れや好奇心いっぱいで触れていたものが味気なくなるのだ。オペラの『蝶々さん』『椿姫』はいまは嫌い。シェークスピアの『ベニスの商人』『オセロ』は許せない。
6月9日(月)
もうすぐワールドカップというのが始まるので、大変な騒ぎ。日本の最初の相手がコートジボワールで、テレビでそれこそ国をあげて熱くなっている様子を伝えていた。日本は勝たなくてもいいのでは、と思ってしまう・・・
6月8日(日)
翻訳することで何を望むかといえば、文字を読むだけでは素通りしてしまいそうなものを確実に自分自身に取り入れること。外国の言葉を日本語に置き換えるとき、ひとつひとつが宝石のように新たな輝きを持つのだから。
6月7日(土)
大雨で京急のダイヤが乱れ、特快がなくて授業開始ぎりぎりに横浜に着く。疲れて夕方2時間、ベッドに入ってぐっすり眠った。乗り物の中以外、昼寝とか居眠りとかしないので新鮮な体験。やみつきになる、きっと。
6月6日(金)
全仏オープンでジョコビッチがグルビスとの準決勝を制したけれど、途中でラケットをコートに叩きつけてぐしゃりと壊すシーンがあった。熱波の中、集中力を保つためだったと思う。これからナダルとマレーの準決勝。
6月5日(木)
関東甲信越地方が今日、梅雨入り。菖蒲や紫陽花が艶やかに咲いているところを見たい。明月院を朝早く訪れたのは何年前のことだったか。堀切菖蒲園はいまが見頃だそうで、思い描くだけでも爽やかさでみたされる。
6月4日(水)
Wさんの大学院卒業の祝杯をあげる話にも、翻訳塾の人たちとの遊びの話にも、森林浴に五日市へという誘いにも、乗れない。毎週のことだけでも時間が足りず、後回しにしていることが多すぎ。歩くのも不自由だし。
6月3日(火)
英語で書かれたこよなく美しい「短編」を探すけれど、なかなか見つからない。完成度が高く心に残る作品は、たいてい人の世に、あるいは人間の性にある哀しさや寂しさを秘めている。今日も十数本読んで、つかれる。
6月2日(月)
二人の子どもが40歳前後だが薄給で結婚できないと、親が声欄に書いていた。胸が痛い話だけれど、あらゆる家電が揃っていて当然のような生活が基本になってはいないだろうか。貧しいのが自然であってもいいはず。
6月1日(日)
・・・燃えさかる/この小さな胸のなかの火の手//水の上に坐って/静かに冷やしたくて/海へ来たのか//わかめのように新鮮な哀しみ/波涛で洗い洗いしながら生きたくて/海へ来たのか(李海仁 イヘイン『海鳥』から・茨木のり子訳)