98字日記ー2020年8月

8月31日(月)
課題にした Julian Fellowes の『Belgravia』を読み終える。1815年のワーテルローの戦いに始まるので歴史的背景がもっと登場するかと思いきや貴族社会と新興富裕層の人間模様に終始して、さらさらと読んでしまった 411ページ。

8月30日(日)
復刊ドットコムから『きんいろのしか』が81票になったと知らせがあった。熱い投票コメントも数ある。皆様、投票してください。石井桃子と秋野不矩の最高のコラボレーション。100票で出版社に声がかかる。

8月29日(土)
翻訳塾の人達の元気な顔を見られた時はとても嬉しい。でも外は35度という暑さ続きだし、そこをコロナ対策でマスクをして歩くのは、すすめられない。暗くなりかけた夕方7時頃になると、すっと風が涼しかった。

8月28日(金)
新しい言葉を外国語のまま使うのは好きでない。でも日本語ならいいわけでもない。ソーシャル・ディスタンスという言葉も最初は違和感があったのに適切な日本語がないまま定着してしまった。濃厚接触者も変。

8月27日(木)

久しぶりに大坂なおみの胸のすくようなウイナーを NY での試合放映でみた。準決勝進出となり・・それをウィスコンシン州での警官による黒人銃撃に攻撃して棄権するという。When will it ever be enough?

8月26日(水)
封印し、去ったものとする。そうしなければ歩けななかった時が人生には沢山あった。勝手に都合よくそうした場合もある。深い傷になって心に残っていることに後で気付く場合もある。でも無理にでもケセラセラ。

8月25日(火)
先輩の柴田鉄治さんが亡くなられた。85歳。むしろ定年後によくお会いした。南極、国際女性法廷、地球・・。同じ日、元衆院副議長の渡部恒三さん死去。88歳。幾度か会って、支える側でなく上に立って、と思った。

8月24日(月)
雨に空が洗われたように、月が冴え冴えと輝いている。上弦の月。なぜか絵などにあまり描かれない気がするが満ちた力がある。太平洋戦争の間の4年近く、天気予報の公表が禁じられていたのを忘れないようにしよう。

8月23日(日)
朝6時過ぎにペットボトルや缶類を置き場に持っていったあとすぐ、篠突く雨。やがて止んでしまったけれど熱く立ち込めていた空気が払われた。姉弟、友人と電話で話す。会うのが一番しにくいことになっている今。

8月22日(土)
昨日はオンラインでピティナ•ピアノコンペティション特級ファイナル中継を聴き、見た。4人がいずれも素晴らしく、高校1年生の森本隼太さんが会場票やオンライン票を集めたが、グランプリは尾城杏奈さんだった。

8月21日(金)
特別展『きもの  KIMONO』では、改めて日本特有の美を堪能した。室町時代の刺繍や縫箔の細やかさ、デザインの潔さ、江戸時代へと展開していく小袖の粋、火消半纏の格好良さ、岡本太郎のガッと明るい色彩の世界。

8月20日(木)
新宿のあと上野に寄ろうと思っていたらクラスが郵送方式になり、迷ったけれど厳密な予約済みなので家から出かけ、東博の平成館は例のごとく遠く、パスと招待券で無料だったと自分に言い訳してタクシーで帰る。

8月19日(水)
街中も駅構内も、なんて閑散としていることか。コロナへの不安と猛暑があらゆる動きにブレーキをかけている。道でも乗り物の中でも皆んな、マスクをしている。私もしている。微かな緊張がどこにも彼処にも。

8月18日(火)
METライブヴューイングのアンコールをほぼ2ヶ月、東劇で観られる。大抵が3時間かかるので、8月の私の予定数3本はどうかな。『サムソンとデリラ』は素晴らしかった。テノールのロベルト・アラーニャはさすが!

8月17日(月)
言葉を次々と並べた長い詩の翻訳について、ミツタニさんとメールで意見を交わす。パンクチュエーションは一切ないが文章を意識したらしい大文字が入っていて、訳の日本語ではそれが表されていないのをどうするか。

8月16日(日)
いつも一年のうち、この辺りが真ん中という気がする。暑いなあと言いながら夏休みを過ごして、来月になると、もう次の年が見えてくるのだから。この夏は思考が後戻りばかりしていて、まだそこから抜けきれない。

8月15日(土)
ル・ステュディオがオンライン配給となり『アラン・ボンバール実験漂流記』を家でみる。海での遭難は生存率が低いことから1952年に自らボートで実験し、前例と強い精神性で数多の救命に貢献した医師アラン。

8月14日(金)
どこかから帰ってきて私のところにも寄ってくれる魂ってあるかしら?まったくなさそう。母は遠くから心配してくれているかも知れない。だから胡瓜や茄子の乗り物はつくらない。少し思い出してくれれば十分。

8月13日(木)
クラシック倶楽部は無言館の絵の前から『祈り』。若い演奏家たちの清らかな力のこもった響きが夏らしい朝を満たす。クラム「ブラック・エンジェルズ」、ビーバー「パッサカリア」、「バーバー「弦楽四重奏曲」。

8月12日(水)
パリのポンピドゥーで「クリスト&ジャンヌ・クロード パリ!」展が入場制限のもと始まった。素敵な夫婦だった。クリストはブルガリアでジャンヌはモロッコで同じ年月日に生まれて、他に類のないアートを創った。

8月11日(火)
日本列島のあちこちで39度、40度という数字が記録され、熱に包まれた一日だったらしい。らしい、と言えるのは家にいてクーラーの下、本を読んだり古い写真を見つけたりしていたため。夕暮のグランドキャニオン。

8月10日(月・休)
大スクリーンで映画を見ながら、新日フィルで映画音楽演奏を聴く。トリフォニーの2階サイドの一番前の席は誰との接触もない。うるっとしたのは As Time Goes By ではなく Singing in The Rain だったのは意外。

8月9日(日)
米国による長崎への原爆投下から75年目。これまで、もう何年目と数えていたように思うのに、今年は、ふとまだ75年目かと思った。人の一生について日々考え込んでいるからかも知れない。長くもあり短くもあり。

8月8日(土)
もしかすると数年、服を買っていなかったかも知れない。久しぶりにヤッコマリカルドの夏のチュニックを2着求めて、クローゼットにかけてみたら冬によく着る物と色がほとんど同じだった。明るい緑と青緑の組合せ。

8月7日(金)
ザリアン カルギア! とスレセリ先生の言葉が添えられてジョージア語の宿題が戻ってきた。このところすっかり怠けているので、今日からの夏休みに少し挽回しよう。やらなくてもいいことに没頭して気持ちが安らぐ。

8月6日(木)
去年の夏に手に入れたマグボトルを取り出し、スポーツドリンクと氷を詰めてバッグへ。専用の水色のボトルケースは武蔵境駅前のスーパーで夜遅く、Mと一緒に見つけたのだった。あれからの1年をとても長く感じる。

8月5日(水)
これを書くのは日付が次に移ってから。いよいよ真夏到来。曜日を気にせず、エアコンの効いた自分の部屋で、楽な服一枚で、好きな椅子で、本を読み手紙を書き音楽を聴き詩を求める時間にただ包まっていたい。

8月4日(火)
過去のことを考えていても、考える自分が現在にいるのだから現在を生きていることになるのだろうか。それは、そうでしょう。過去には行かれないのだから。そんなことを思ってはアイスクリームを食べている。

8月3日(月)
ピティナ・ピアノコンペティションがYouTubeで視聴できるとMに教えられた。角野隼斗(かてぃん)の妹の未来も出ていると分かり、かてぃんが来年に延期になったショパン・コンクールに出るのも分かった。素敵。

8月2日(日)
ちゃあちゃんの誕生日。コロナ対策でシニアハウスも訪問できない。数日前、15分の面会時間に知子さんがガラス越しに撮って送ってくれた写真では、ふわっと波打つ灰色ののショートカットが綺麗で晴れやかだった。

8月1日(土)
エルネストの世代が愛した、本や手紙、レコードなどの素晴らしさが、それらを知らない世代のビアを通して繊細に描き出されているのも、本作の美しい個性である。(映画『ぶあいそうな手紙』劇場用パンフレットから)