98字日記ー2013年10月

10月31日(木)

今も愛用するホルトハウス房子『私のおもてなし料理』を復刊ドットコムで出すそうだ。手元にあるのは1972年の幻の初版で、Mの誕生日定番の西瓜を器にした超特別フルーツポンチもここのレシピを参考にした。

10月30日(水)

天野祐吉、岩谷時子と、新鮮な言葉を次々と放ってくれた人たちの訃報が続く。東京文化会館ロビーで玉三郎の腕に手をかけて並んで歩いていた岩谷さんの優しい姿を見かけたのは、キエフ・バレエ公演のときだったか。

10月29日(火)

CGはすごい。NHKアーカイブで雪舟の16米ある「四季山水図巻」(毛利博物館)の中を雪舟に扮する役者が歩いていくのを見る。李白や陶淵明が描かれていて、まさに作品の中に入って鑑賞する思い。漢詩も重なって。

10月28日(月)

武蔵野一小が創立140周年を祝うと聞いてサイトを見る。今も吉祥寺にいる友達何人かと一緒にと考えたけれど残念、申込みは9月末までだった。航空写真は見覚えある頃のもの。学校より門まで歩く路地が懐かしい。

10月27日(日)

佐渡からのメールで「稲刈りを終えた田にトキと白鳥と白鷺が一緒に餌を探しているのを見た」とのこと。なんて、なんて素敵な!それを見た目で書いてくれた言葉には、天と地をまるごと包みこんだ響きと香りがある。

10月26日(土)

好きな絵本作家を問われるアンケートがあって、石井桃子・文、秋野不矩・絵の『きんいろのしか』を真っ先に思う。60歳になったお二人が生み出した絵本であることに、胸が熱くなる。ページを繰ると元気になる。

10月25日(金)

『情婦』をみるのは何回目か。アガサ・クリスティ原作でマレーネ・ディートリッヒが魅力的。チャールズ・ロートンと実夫人のエルザ・ランチェスターの息がぴったり。いつの間にか家で映画をみるのも当たり前に。

10月24日(木)

スティーヴン・キングの新作『ジョイランド』を課題に選び、冒頭しか訳せないけれど無駄のない文章の運びは全員に触れてもらいたく、どのクラスでも取り組んでいる。アメリカの匂いがあふれている若々しい作品だ。

10月23日(水)

新潮社の冊子『物語の生まれる場所』をお茶を飲みながら薦めたが、お金で買えるもの以上に質のいい無料のものも多い。富士ゼロックスの『グラフィケーション』、チェックしては訪れる馬喰町や銀座のギャラリー。

10月22日(火)

クリニックの小野先生がお見通しで釘をさしたことを私はする。ワインを飲む。でも夕食時にグラス一杯だから数にも入らないはず。寝る前にヨモギ大福を食べる。思いついて冷凍してあるのを自然解凍するとその時間。

10月21日(月)

勝どきで見る隅田川の川面が細かく波立っている。流れが速いというのではなく一面がちらちらゆらゆらと動いている。周辺の樹々はまったく揺れていないから風のためではない。地震の予兆かもしれないと、ふと思う。

10月20日(日)

田んぼで収穫されたお米ーーどのお米でもそうだけれど、友人の手によるものだと思えば嬉しさ倍増。作物のできる場にかかわったことのない自分が時々恥ずかしい。その分、食べることでお返し、なんて言いながら。

10月19日(土)

102歳の日野原先生がコラムで秘密道具「ラップデスク」を紹介している。私も10数年愛用する宝物。濃緑の板を木の縁が囲み、下に緑と藍のチェックのクッションが付いていて膝に乗せて使う。スコットランド製。

10月18日(金)

千葉市立動物公園の「第一回動物総選挙」でなんとハシビロコウがトップ当選。これまでひっそりと好きでいたのに、そんな人気者になってしまうとは。じゃあ元気でね、みんなと仲良くね。私は遠くから見ているから。

10月17日(木)

通り過ぎた台風の激しさに息をのむ。近くの町名の浸水した22軒の泥をかぶった玄関口、川と化した道路、横転した車などの新聞写真。若干の高台でガラス窓を二重サッシで覆った生活では実感していなかった・・・  

10月16日(水)

たまたま携帯メールをした人が朝5時半にタクシーで出て成田に向かっていると知る。高速道路も閉鎖中でお昼近くまで到着せず、気が気でなかった。お茶を買ってくれた運転手さんに栗きんとんを分けて食べたという。

10月15日(火)

台風の接近で日本列島が騒然としている。関東には午前3時から明日の午前中上陸とのことで横浜の水曜クラスが休講の決定。寂しい。でも思いがけない時間ができたわけで嬉しくもあり、望むらくは被害がないように。

10月14日(月祝)

もう知らない人が多い掻巻を一枚持っている。十代の最後に私が着ていた赤葡萄色の地に白の矢羽模様の銘仙をおかあさんが解いて黒ビロードの襟をつけた手縫いの綿入れ。真綿をぴんと張って綿に被せた思い出と共に。

10月13日(日)

緑の木立の中の店で美しき手品師のように最高のパテを手作りして量り売りし、延べ60人をこえるスタッフを育て送り出してきた林のり子さん。短編映画をみるごとく、そのうち30人ほどの言葉を聞いた。40周年。

10月12日(土)

締切りは〆切と書いてもいいのだと辞書で確認した。なんて悠長なことは言っていられない状況で、でも大抵はなんとかなると思っている。そう思いつつ焦っている。火曜日の〆切は午後9時。時間まで決めるなんて。

10月11日(金)

馬喰町ARTEATで、釜石で生き延びた少しの活字で紡がれた「ことば」展をみる。オーナーの武さんのお話/名刺をつくっていた溝上さん/ぱくきょんみさんの、多和田葉子さんの、姜信子さんの・・・詩。すべてに満足。

10月10日(木)

ノーベル文学賞はアリス・マンロー。クレストで紹介してきた作家で創刊15周年にご褒美。須貝編集長が送ってくれたブックレットを読んでいる最中だ。江國香織さんがチャンネ・リーを忘れずにいてくれて嬉しい。

10月9日(水)

先刻からどれだけ雲を見ていることか。紅色の、金色の雲の前を白灰色の大きな一群がかなりのスピードで横切っていく。もうすぐ藍色の闇に閉ざされてしまう、その寸前の、束の間の一刻。あそこが居所かもしれない。

10月8日(火)

日曜日に一日中、外にいて、地元の慣れないお祝いごとに関わっていたのを知る人たちが、生きているか寝込んでいないか熱を出していないか、電話やメールで確かめてくれる。ありがとう。死んではいない。大丈夫。

10月7日(月)

東京大空襲を経験としては知らず、浮浪児と呼ばれた子どもたちを「戦争」の結果として思いだしていた。金田茉莉『東京大空襲と戦争孤児』を読み、当時の状況が目に浮かぶよう。原発が人災であるのを忘れないこと。

10月6日(日)

おしゃれな人、センスのいい人が好き。TVに出ている人を沢山は知らないけれど、アナウンサーの夏目三久さん。おしゃれでない人も好き。特にアーティストが服に合わない変な色の靴下を履いていたりするのがいい。

10月5日(土)

安倍首相の表明で、来年4月に消費税率が8%になる。同時に消費税収は社会保障にしか使わないとも断言したが、それは法律できまっている。なんだか胡散臭い。いいことに使ってくれるのねという信頼感は持てない。

10月4日(金)

若い人たちがスマホ(だと思う)に囚われ、両手を使うために電車では優先席やドア横の寄りかかれる位置を奪い、ホームのべンチを占め、エスカレーターかエレベーターに乗る。LINEに出る既読という文字が鞭となる。

10月3日(木)

以前、真っ赤なスクーターと緑の少し大きなスクーターと2台もっていて、その日の服の色に合わせて乗っていた。仕事で料亭に行っても黒塀の外に停めておいた。当時、ヴェスパは高くて買えず、それが人生の心残り。

10月2日(水)

新実徳英作品個展、ゆうべ、浜離宮朝日ホールで。身体が思い出すので新館に入るのは苦手。でもトク先生の音はすべてを忘れさせ「包んで」くれた。弦楽四重奏曲、新作が楽しみだったけれど初めて聴く第2番がスパーブ!

10月1日(火)

トレドの・・・路地から眺める小さな空だ。人間の足跡による地面と、そんなものの留めようのない空とのコントラストは絶妙というしかない。リルケがトレドをこよなく愛したのは、多分このせいだろう。(李禹煥『時の震え』から)