エンガンのお話      インドネシア・スマトラの民話から


 スマトラの森には、いつも自分の名前を呼んでいる鳥がいる。朝早く、日が昇りきる前に、その甲高い声が山々にひびく。まずおす鳥が目をさますとすぐ、めす鳥を呼ぶ。エンガン、エンガン、エンガン・・・

 するとめすが同じように答える。エンガン、エンガン、エンガン・・・

 二羽の鳥は、夜、別々の木で眠り、朝になるとお互いを見つけるまで呼び合い、いっしょになると、朝食を探してとびまわる。

 

 エンガンは大きな鳥で、羽根は黒っぽい緑色でつやつやと光っている。尾には白い縞模様があり、明るい黄色のくちばしは、鉤のように先がするどく下に曲がっている。スマトラの人たちはおす鳥をエンガン・ガディンとよぶが、それは鉤を持ったエンガンという意味だ。めす鳥は、板を持ったエンガンという意味で、エンガン・パパンとよばれている。

 

 何百年も昔のこと。スマトラのパダン地方にあるシンガランという山のふもとに、ひとりの王子がいた。名前をエンガンといい、若く美しく、賢かったが、ただひとつの欠点は、嫉妬深い性格だったこと。狩りと闘鶏が好きだった王子はいつも自分が勝たなければ気がすまなかった。

 その王子が花嫁を探すことになった。スマトラの王宮をつぎつぎとたずねてまわり、とうとうミナンカバウの王宮でロンカンという名の王女こそ自分が探していた人だと感じた。ロンカン王女は美しくて優しく、父親である王に畑を耕しながら仕える忠実な家来たちを大切にしていた。

 ミナンカバウ王宮の客として滞在した王子とロンカン王女は愛しあうようになり、やがてきらびやかな結婚式が行われた。そして王子がシンガランへ戻る日がきた。パダン地方では、国をあげて二人を迎え、王女につかえる従者や侍女たちも含めて、盛大な宴がはられた。

 王子は、妃のために贅沢で楽しい生活にしようとできるだけのことをした。ジャワやバリから高価な宝石や美しい衣服や織物をとりよせた。ただ、ロンカン王女を深く愛しながら、王子は昔の嫉妬深い性格をなくしていなかった。王女がだれからも好かれ、ミナンカバウからいっしょに来た従者たちが王女の幼かったころの思い出を楽しそうに話すのも気に入らなかった。とうとうあるとき、王女の従者たちを全部、パダン地方から追い返してしまった。

 ロンカン王女は、王子を愛していたものの、楽しく時を過ごす相手がいなくなり、すっかり元気をなくしてしまった。高価な家具や布もなんの慰めにもならなかった。そしてとうとう、王子が旅にでているとき、ひとりの馬丁に頼みこんで馬に乗り、王女の母親である妃の別荘がある、となりの山の上へと逃げ出した。

 旅から帰った王子は妻がいなくなったのを知って怒り、すぐに王女がいると思われる妃の別荘に馬を走らせた。山の頂上に近づくにつれ、武器をもった見張り番たちが大勢で別荘を守っているのがわかった。そこで王子は草かげに隠れ、暗くなるのを待って短剣をにぎりしめて別荘にしのびよった。

 その地方では、建物は杭の上にのっていた。王子はできるだけ音をたてないように、その杭を一本一本削っていって、建物をやっとささえられるだけの細さにした。朝になって家の中の人が一人でも動けば建物はくずれおちるだろう。

夜明けまでにエンガン王子はその大仕事をやり終えた。

 そして、朝。とつぜん轟音がひびき、建物がくずれおちた! ひとしきり悲鳴が空気をふるわせ、やがて静かになった。エンガン王子は笑い声をあげて、がれきの山のほうに走っていくと、まるで悪魔にとりつかれたかのように、頭の上に短剣をふりかざしながら踊り回った。

 そのとき、奇蹟がおこった。王子が鳥になったのだ。くちばしに大きな鉤を持った鳥だ。鳥は翼を大きくひろげると、王子の名前を甲高くさけび、ぐるぐると飛びまわった。すると、どうだろう! こわれた屋根や柱の間からもう一羽の鳥が飛び立った。それは鳥に姿を変えたロンカン王女だった。

 そのときから、二羽の鳥はいつもいっしょに、スマトラの森林を飛び回っている。

 

 たまごをうむ季節になると、おす鳥は、めす鳥を木の洞穴につれていく。めす鳥が穴にはいると、おす鳥は細い隙間だけを残して穴の入り口をふさぎ、細いすきまから最上のごちそうを差し入れる。ひながかえるとすぐ、めす鳥はくちばしで入り口のおおいをやぶって、飛び出す。そして二羽の鳥は森の中を飛び回り、呼びあう。エンガン、エンガン、エンガン・・・・・

 

訳/インドネシア語から

 

Tjeritera tentang Enggang (Indonesian Folktale)