泥棒とオンドリ

国語・読み書き教本から

 

 泥棒が客としてやって来た。宿の主人は豪勢にもてなした。それでも泥棒は泥棒。宿の主人からオンドリを盗んで、服の裾に隠し、逃げた。宿の主人はあとを追い、泥棒を捕まえ、オンドリを返すよう求めたが、泥棒は「知らない」と誓って言った。ところが、裾からオンドリの尾がはみ出していた。宿の主人は答えた。「きみを信じるけど、尻尾があるのには驚くよ」

 

ヤコブ・ゴゲバシュヴィリによる国語・読み書き教本 復刻版 2007年

/ジョージア語から

パンとワインとムチャディ

国語・読み書き教本から

 

高慢なパンが言った。「私は誰よりも称賛されている。私がいなければ、人間なんて価値が無いのさ。農民であろうと、偉い人であろうと」

高慢なワインが言った。「私だって、何処でも称賛されている。聖水を受けた人なら、誰だって私を飲むんだ」

ムチャディが言った。「私だって、テーブルクロスの端に置かれているんだよ。お金持ちは私を食べないし、貧しさのどん底にいなければ食べないけど」

 

ヤコブ・ゴゲバシュヴィリによる国語・読み書き教本

/ジョージア語から

 

 

注釈

聖水を受けた人   ここではキリスト教徒を指す。

4世紀に東ジョージアのイベリア王国がキリスト教を国教として以来、信仰の主流がキリスト教となった。

 

ムチャディ     トウモロコシの粉で作られたパン。昔は貧しい人の食べ物とされていたが、今ではレストランでも食べることが出来る。

風と穀物倉

国語・読み書き教本から

 

 小麦の収穫の季節だった。勢いを増した風がたくさんの刈り取った麦を穀物倉の扉のそばへ吹き散らして、大きな声で言った。「おい、扉を開けてくれよ、刈り取った麦を中へ入れなくてはならないんだ」

穀物倉は返事した。「おれはおまえのことをよく知っているよ。前から持って来たものを後ろから外に出して、その上おれ自身の持っている麦もついでに持ち出すんだ。おれに構うなよ。おまえが持って来たものなんか欲しくもないし、持って行って欲しくもない」

 

諺:風は持って来たものを、また持ち去る。

 

ヤコブ・ゴゲバシュヴィリによる国語・読み書き教本 復刻版 2007年

/ジョージア語から 

 

注釈

働かずに手に入れたものはいずれ失う。日本の諺の「悪銭身に付かず」「あぶく銭は身に付かぬ」に当たる。 

優しい兄

国語・読み書き教本から

 

 それは秋のことだった。農夫が農園で熟した梨を収穫していた。サンドロは農園の入り口のところに立って見ていた。農夫はサンドロに気が付いて、呼んで、おいしそうな大きな梨を一つあげた。サンドロはかじりたかったが、不意にあることを思い出し、家の方へ駆けて行った。家には病気の妹がいた。「お母さん、ケケに梨を食べさせてもいいでしょ?」とサンドロは母親に尋ねた。「もちろんよ」と母親は答えた。サンドロはすぐに妹のベッドのそばへ行った。ケケに梨をあげて、ケケがとてもおいしそうに梨を食べるのを嬉しそうに見ていた。

 

諺:九人の兄弟は一粒のヘーゼルナッツを分けた。

 

ヤコブ・ゴゲバシュヴィリによる国語・読み書き教本 復刻版 2007年

/ジョージア語から

 

注釈

諺は「仲良くしましょう」「仲良くしなさい」という意味で使われる。

ヴァノとクヴェヴリ

国語・読み書き教本から

 

 ヴァノは蓋の開いたクヴェヴリのそばに立って、悪態をついていた。悪態はそのまま跳ね返って来た。ヴァノは母親に訴えた。「この忌々しいクヴェヴリはぼくを罵ったんだよ」母親は答えた。「あなたがあなた自身を辱めたのよ。あなたがクヴェヴリに叫んだ言葉がそっくりそのまま跳ね返ってきただけ」

 

ヤコブ・ゴゲバシュヴィリによる国語・読み書き教本 復刻版 2007年

/ジョージア語から

 

注釈

クヴェヴリ   ワインを醸造する壺。土中に埋めた壺にブドウ果汁を注ぎ入れ、蓋をして熟成させる。これはジョージア独特のワインの作り方である。


王さまと画家

国語・読み書き教本から

 

 一人の隻眼の王さまがいた。王さまに一人の優れた画家が仕えていた。不意に王さまは気まぐれな気持ちになった。「この画家に何か理由を見つけて、罰してやろう」王さまは画家に命じた。「私の顔を描きなさい」画家は自分の心の中で言った。「いよいよ、わたしの死ぬ日が来たな。隻眼を描けば殺されるだろう。かといって、両目を描くのはわたしの自尊心が許さない」画家は考え、考えて、こんなことを思いついた。野原の遠くにシカを描き、手前に王さまを描く。王さまの手には鉄砲を持たせ、見えない目を閉じ、見える目で標的のシカを狙わせるのだ。画家は絵を描き上げ、王さまに献上した。もはや王さまは罰を与える理由を見つけ出せず、画家は死を免れた。

 

ヤコブ・ゴゲバシュヴィリによる国語・読み書き教本 復刻版 2007年

/ジョージア語から

鳴くだけのネコ

国語・読み書き教本から

 

 ある家ではネズミが増えに増えていた。家の持ち主は駆除するためにネコを飼った。しかし、このネコは鳴いて「私は真面目に働いていますよ」のふりだけして、頑なに動こうともせず、威嚇するような声で鳴くようなことも決してなかった。だからネズミたちがいつもすぐ目の前を行ったり来たりしていたが、一匹も捕まえることはしなかった。家の持ち主は怒って、ただ鳴くだけのネコを外へ放り出した。

 

諺:鳴くだけのネコは決してネズミを捕まえない。

 

ヤコブ・ゴゲバシュヴィリによる国語・読み書き教本 復刻版 2007年

/ジョージア語から

 

 

注釈

調子のいいことを言うが、何もしない人のことを指して言うフレーズ。

ウズラとコウモリ

国語・読み書き教本から

 

 檻の中に閉じ込められたウズラが毎日夜にだけ鳴いていた。コウモリが尋ねた。「夜に騒いでいるのに、どうして昼間は鳴かないの?」「だって、昼に鳴いたから、閉じ込められちゃったんだよ」とウズラは答えた。「その知識を前もって生かすべきだったね。もはやどうすることも出来ないよ」とコウモリは言った。

 

諺:荷車がひっくり返って初めて道は見える。

 

ヤコブ・ゴゲバシュヴィリによる国語・読み書き教本 復刻版 2007年

訳ジョージア語から

 

注釈

「荷車がひっくり返らない限り、道は見えて来ない」ので、「大変なことにならないとちゃんと理解出来ない」という意味。

「知識があるのだから、その知識を使わなければ駄目じゃないか」、あるいは「大変な目に会って、いい勉強になったよ」という場合に使うフレーズ。

カラスとデカンタ

国語・読み書き教本から

 

 喉の渇いたカラスが野原を飛び回り、水を見つけて喉を潤そうとしていた。ふいに水の入ったデカンタが目に留まった。だが、あいにくデカンタには水が半分しか入っていなかった。どうやって水を飲もうか?中に飛び込むことは出来ないし、ここから動かすことは出来ないし、ひっくり返すことも出来なかった。なぜなら、デカンタは大きかったからだ。カラスはよく考え、最後にはこんな工夫を編み出した。小石を集めて、一つずつくちばしでデカンタに投げ込んだ。水は上へ上へと上がって、最後にはデカンタの口のところまで上がって来た。カラスは首を伸ばして、デカンタにくちばしを突っ込み、水を飲んだ。

 

諺:編み出すなら、力より工夫の方がよい。

  力ずくではなく、工夫せよ。

 

ヤコブ・ゴゲバシュヴィリによる国語・読み書き教本 復刻版 2007年

/グルジア語から

ネコとソーセージ

国語・読み書き教本から

 

 お腹を空かせたネコがたくさんの食料が置いてある倉に忍び込んだ。竿に太いソーセージが並んでぶら下がっていた。ソーセージを見つけたネコの目は輝き、あまりの嬉しさに歯ががちがち鳴った。だけど、なんてこった、ソーセージはとても高い所に吊るされていた。ソーセージが憐れんでくれて、床に落ちて来てくれないかと、ネコは壁にしがみついたり、ソーセージに飛びついたり、みじめにミャウミャウ鳴いたりしたが、何一つ起こらなかった。目は虚しく宙を見つめ、歯は小さな欠片さえ噛むことが出来なかった。結局、引き返して、自分をなだめるようにぶつぶつ独り言を言った。「まさに今日は金曜日だ。ソーセージを食べなくて、断食を破らないでよかったよ」

 

諺:ネコはソーセージにありつけなかった。だって、今日は金曜日だから。

 

ヤコブ・ゴゲバシュヴィリによる国語・読み書き教本 復刻版 2007年

/グルジア語から

 

 

注釈

ヤコブ・ゴゲバシュヴィリ(1840年10月27日~1912年6月14日)教育者

グルジアにおける教育学の基礎を築いた。「国語・読み書き教本」は初めての初等学校用のグルジア語の教科書として、1876年に出版された。

 

グルジア正教会はキリスト教東方教会に属し、金曜日は伝統的に断食の日とされ、肉を食べないことになっている。

 

諺はよい結果を出せなかった時の言い訳のフレーズとして用いられている。


キツネの裁判官

グルジアの民話から

 

 あったことか、なかったことか。神に祝福されたこの地球上に生まれない者はなく、存在しない者はいない。その中にはサルだって含まれる。よくご存知のようにサルはとてもお節介やきで好奇心が強い。そう、無責任で、至る所で邪魔者になり、何事も詮索して、嗅ぎつけるという、迷惑でお節介な、まさにそんな一匹のサルがいた。

 ある時、サルが目的なしに歩きまわっていると、とある場所で積み上げられた石を見つけ、目を凝らして見た。

「ここに何か宝物があるに違いない」と思って、石をどかし始めた。

石の下から大きな穴が現れ、サルはこの穴の中に何か甘いお菓子が蓄えられているだろうと考え、自分の黒い指を突っ込んだ。突然、穴から怒っているシューシューという音が聞こえ、1匹の巨大なヘビが這いずり出した。ヘビはずっと昔に人々が石を積み上げた穴にしっかりと閉じ込められていたが、自由に動くことが出来るようになったので、素早く体を伸ばして真っ直ぐにし、お礼の代わりにサルを喰らおうとした。

 サルは今になって自分の失敗に気づき、大いに悔んだ。

「あぁ、なんて馬鹿なことをしたんだ、何を探していたんだ、この巨大な石積みをどかした穴にどんないい物があるというんだ」と自分自身を非難し、そして跪いてヘビに懇願した。

「どうかお願いです、高貴で尊敬すべき大蛇さま、ここにいらっしゃったとは存じませんでした。わたしがわざわざ石をどかして、あなたさまの静かな生活をぶち壊したことをお許し下さい!」

 しかし、サルの懇願に情けを掛けるヘビなんて、いるはずがない。

「一体どうしておまえを許すことが出来るんだ?」とヘビは敵意をあらわにシューシュー言って鎌首を一層持ち上げた。

「おれを驚かせて、起こした罪を死んで償ってもらうぞ」

サルはもはやこれまでと思ったが、もしかしたら助けてくれる誰かが現れないかと震えながら、あちこち見回した。幸運にも、一匹のキツネが軽快な足取りで森から飛び出して来た。太ったガチョウのようにたらふく食べて、機嫌よく鼻歌を歌っていた。サルはキツネに気づくと、少し希望を持って、ヘビに言った。

「法律とは不当に罰する事ではありません。ほら、噂に名高い裁判官がやって来ます。この問題を審理するよう、呼びましょう。私に味方するのではなく、あなたに味方するのでもなく、公正な裁きを我々に与えてくれるでしょう」

「よかろう、賛成だ」とヘビは言った。「だが、覚えておけよ、おまえに言っておく、彼もおれと同じ裁きを下すさ」

「彼がわたしに下した裁きに従いますよ」とサルは返事し、キツネを呼んだ。

「閣下、ちょっとお待ち下さい。我々の為に裁きを下して下さい」

「どうしたんですか、お互いに何を訴えているんですか?」とキツネは尋ねた。

 ヘビとサルはそれぞれの訴えを話した。

 キツネはヘビの有り様に彼自身でも腹を立てていて、今、お仕置きの機会を与えられたと大いに喜んだ。内心密かに喜び、この問題の判決を下すために裏付けとなる証拠の提示を求めた。

「紳士のみなさん」とキツネは仰々しく呼びかけた。「最初から何が起こったのか、そして何故あなた方が反目しているのか、私はこの目で見ていませんので、法に順守してこの問題を裁くことができません。裁きを下す為には必要なことがあります。原告はちょっとの間自分の穴の中に再びお入りになり、一方被告は問題となった行動をおやりになって下さい。この石を元々あったように再び積み上げて、それからまた石をどかして下さい。つまり、やったことを最初から再現するのです」

 ヘビは裁判官のこの道理を気に入り、本当に、自分がいた地中に躊躇することなく意気揚々と自らすっぽり入った。サルもすぐに石を積み上げ、キツネに尋ねた。

「今度は一体何をしましょうか?」

「今度はここから逃げろ、そして振り返るな」とキツネは言った。「今後おまえに関係のないことには一切関わるな、ということを覚えておけ」そして、ヘビにも言った。

「サルが自らの愚かさで囚われの身のおまえを解放して自由にしてやったことをおまえは理解できないし、その価値も分からないのだから、おまえはずっとそこにいて、永久に寝ていろ」

キツネは食べすぎたのでちょっと一休みしようと、サルに別れを告げ、自分の巣穴へと足早に立ち去った。

 サルも事の次第に満足し、喜んで自分の態度を改めた。しかし、その日以来地面の穴への恐怖に取りつかれ、生活場所を地面から木の上へと永遠に替えた。

 

悪しき事はあっち、良き事はこっち

もみ殻はあっち、粉はこっち

怠惰な息子

グルジアの民話から

 

 あったことか、なかったことか。神のより良き思し召しだったのだろうか。一人の実直で、蟻のように働き者の鍛冶屋がいた。彼には息子が一人いて、その息子は役立たずで、怠け者で、何一つできなかった。もう二十歳だが、父親に養ってもらい、一日中ぶらぶらして過ごしていた。鍛冶屋が若くて力があるうちは、息子に何でもしてやったが、年老いて体が弱り、死期が近いと感じると、物思いに沈み、ずっと寝床に臥して、怠け者の息子の事ばかり考えていた。

 ある日、鍛冶屋は妻を呼んで、言った。

「わしはもう長くない、もうすぐ死ぬだろう。さあ、どうしよう、わしの家と働いて稼いだ財産を倅に譲るわけにはいかない。倅自身は稼ぐこともできないし、わしの遺産も1カ月で使い果たすだろう。おまえが誰か働き者の男の子を見つけてきたら、その子に継がせようか」

 どんな息子であっても母親の気持ちは父親とは違って、妻は怒って、夫を責めた。

「あなたには自分の後継者がいるのに、どうして赤の他人に財産を継がせなければならないの。それに、お金を稼ぐことが大変だってことをわたしたちの息子が知るのは、無益ではないわ」

「まさにその通りだな!それができるなら、倅を仕事に行かせて、働かせて、稼がせるといい」と鍛冶屋は言った。

妻は鍛冶屋の寝ている部屋から出て来て、息子にお金を与え、教え諭した。

「さあ、行きなさい、今日一日中わたしたちの前に現れてはいけません。夜になったら帰って来なさい。そして、お父さんにこのお金を見せて、『ぼくは働きました』と言いなさい」

 息子は家を出て行って、一日中ぶらぶら歩き回り、夜に帰って来て、父親にお金を渡して、言った。

「ほら、お父さん、今日一日中働いて、このお金を稼ぎました」

 父親はお金を受け取り、表と裏をひっくり返して調べて、においを嗅いで、炉に投げ入れた。そして息子に言った。

「いいや、これはおまえが汗をかいて稼いだ金じゃないな」

 息子はお金が少しも惜しくなかった。反対に父親の振る舞いを大笑いし、母親のところへ来て、何もかも話した。母親は悩み、その次の日もお金を与え、教え諭した。

「さあ、行きなさい、一日中とはいえ、決してお金を使ってはいけません。ただし、夜になったら走って、疲れ果てて、汗をかいて戻って来なさい。そしたら、お父さんはあなたが稼いだと信じて、許してくれるわ」  

 息子は出かけて、いつものように一日中仕事をせずに歩き回った。夜になると目いっぱい走り、汗だくになって父親の部屋へ駆け込み、お金を渡して言った。

「ほら、このお金は、ぼくがまさに汗して稼ぎました」

 父親はお金を受け取り、表と裏をひっくり返して調べて、においを嗅いで、また炉に投げ入れ、怒鳴った。

「いいや、これもおまえが汗をかいて稼いだ金じゃないな」

 息子にはお金を捨てるなんて惜しいことではなかった。また笑って、母親のところへ行って話した。母親は悩み、策を弄するのはよくないと認め、息子に言った。

「お父さんは賢くて、間違いをしない人よね。もし、あなたが本当に何も失いたくないのなら、行きなさい。そして一週間働いて、なんとかして1ルーブルを貯めて、汗をかいて稼いだお金をお父さんに持って行ったら、あなたを信じるわ」

 息子は出かけて、一週間本当にまじめに働いた。ある時は薪を運び、ある時は野菜を掘り起こし、ある時は牧場でも働いた。すると、なんと一週間の終わりには1ルーブル貯まっていた。息子はお金を父親に持って行って、言った。

「これは本当に働いて稼いだお金です。大変でした」

 父親はこのお金もにおいを嗅ぎ、また右から左へ炉に投げ入れ、怒鳴った。

「いいや、これもお前が苦労して稼いだ金じゃないな」

 息子は今度は笑わず、両手を炉に突っ込んで、自分で稼いだお金を取り出し、父親を非難した。

「なんて酷いことをするんですか、お父さん。ぼくはこのお金を稼ぐのに一週間ずっと働きました。それをあなたは火の中に入れたんですよ!」

 父親はにこりと笑い、言った。

「そうだな、おまえが本当に働いてその金を稼いだとわしも信じるよ。おまえが怒るのは無理もない。それはおまえが稼いだ金だからな」そして、父親はこう付け加えた。「おまえが汗をかいて稼がなければ、金や物の価値を理解することはできない。今はもう、おまえがそれを理解していると分かっているぞ。だから、わしがずっと苦労して得たものを安心してお前に残すよ」と。

 父親は全財産を息子に与えると遺言し、いまだかつてそこから誰も帰って来たことのないところへ静かに旅立った。

 

悪しき事はあっち、良き事はこっち

もみ殻はあっち、粉はこっち

 

ナスとチーズのアジャプサンダリ

 

4人分   調理時間25分

材料 ナス     500g

赤ピーマン    60g

青ピーマン      60g

トマト    200g

タマネギ    150g

ニンニク      15g

ジャガイモ  150g

   油             70g

コリアンダー   20g

バジル        10g

パセリ         10g

チーズ       100g

 

作り方

1.ナスをさいの目切りにして、炒める。火が通ったら皿に取る。

2.みじん切りにしたタマネギ、ピーマンの順に炒める。

3.2.に剥いて、乱切りにしたトマトを加えて、軽く煮る。

4.ジャガイモをさいの目切りにして、鍋で塩茹でする。茹で過ぎないように注意する。

5.ナス、タマネギ、ピーマン、トマト、ジャガイモを混ぜ、みじん切りにしたニンニクとコリアンダー、バジル、パセリを加える。

6.5.を皿に盛り、刻んだチーズをふりかける。

 

*温かいうちでも、冷めてからでも、おいしく食べられる。

*ナスの代わりにズッキーニを使ってもよい。ズッキーニのアジャプサンダリはより柔らかく出来る。

 

グルジアの料理 2011年 ディア出版

/グルジア語から

 

注意

・チーズはスルグニを使うよう書かれていたが、ピザ用チーズで代用した。

スルグニ:サメグレロ地方のチーズ。薄味で弾力がある。

・薄い塩味で物足りなければ、黒コショウと塩で調節した方がよい。

・コリアンダー、バジル、パセリをみじん切りにした方が香り豊かになる。

 

世界地図上のグルジア

               ヌグザル・シャタイゼ作

 

「ゴギ!」

「おい、ゴギア!」

 ゴギアには聞こえているが、聞こえないふりをして、仰向けにソファに寝そべり、手には新聞を握りしめている。

「ゴギ、聞いているのか、おい?!」

 ゴギアは何も言わない。彼はなぜ呼ばれているのか知っている。だが、また朝から飲んで日曜日を台無しにしたくないのだ。

 今度は壁をノックする。

 壁は薄く、大昔に板の上に貼り付けられた色のあせた壁紙。

「ゴギア、おい!」

「ほら、見に行って、もしかしたら本当に困っているのかも知れないわよ」と妻が言った。

「何に困っているのか、よく分かっているよ・・・」

 ゴギアは立ち上がり、サンダルに足を突っ込み、共有のバルコニーへ出て、隣人の家のドアを開けた。

「どうしたの、どうして叫んでいるの!」

 ザイーラは石油ストーブの上に置いたフライパンで厚切りのジャガイモを炒め、彼女の夫であるザウラは壁を叩き、16号室のジェマラはウォッカをほとんど最後まで飲み干したボトルを悲しそうな顔で見ている。

「ねぇ、どうしたの、こんな朝早くから浮かない顔をして!」

「あぁ、ゴギか?!おいで、一緒に飲もう!」とザウラはボトルに残っているウォッカをコップに注いだ。

「要りません」

「飲めよ、さぁ!」

「いいえ、要りませんよ」

しばらくの間ぎこちない沈黙が訪れた。

「そうか、それなら座れ・・・ほぅら、フライドポテトは好きだろう!」

 ゴギアは椅子に座り、よく知っている部屋を眺めた。二つのベッド、タンス、食料の入った戸棚、四つの古い足がぐらぐらする椅子、壁には世界の政治地図。

「なぁ、ゴギ、君は我々がどんな時代に生きているか見えるだろう・・・」と16号室のジェマラはウォッカの空っぽのボトルで指し示した。

「ところで、僕はあなた方のために何をしましょう」

「我々のためにウォッカを一本買って来てくれ」

「どうしたって僕に買いに行かせる気だな」とゴギアは地図を見ながら考えている。

「いいですよ、あなた方のために買って来ましょう。ただし、まずこの地図のどこにグルジアがあるのか探してください!」

 ザウラとジェマラは互いに見た。

「本当に買いに行くの?」とザウラは尋ねた。

「もちろんです。あなた方は探し、僕は買う。それ以上僕が何をするんですか?」

 ザウラはジェマラを見つめ、ジェマラはザウラを見つめた。しんと静まり返り、フライパンの中の油がじゅーじゅー音を立てているのが聞こえる。

「私が見つけてもいい?」とザイーラは遠慮がちに尋ねた。

「お前が?」

「ええ」

「探せよ!」

 ザイーラは炒めるのをやめて地図の所へ行った。手には大きな包丁を持ち、静かに笑っている。

 ジェマラとザウラは主婦を期待の眼差しで見つめた。

 ザイーラはまずオーストラリアをよく見て、それからアフリカに目を移し、下から上へと見、突然顔がぱっと明るくなった。

「ほら、ここのどこかなんだけど」と言い、包丁の先で中央アフリカの下を突いた。「見て、『ザイール』って書いているここよ・・・」

「ザイールかザイーラか?」ゴギアは笑った。

 ジェマラも笑い、ゴギアを見た。

「ん、なんだ?今度は『俺は知っている!』なんて言うのかな」

「俺は知っているさ!」

「じゃあ、どこなの。」

 ジェマラは南半球を示し、しかもザイーラに見られたくないかのように南半球を指した。

「すごいなぁ!」とゴギアは嫌味たらしく言った。

 ザウラは次第にぶつくさ言い、そして妻に喚いた。

「ええぃ、うすのろ、お前はどこまでそんなに馬鹿なんだ、おい、彼がお前をからかっているぞ」そんなところにグルジアがあるはずない、それは世界地図だ!

 ゴギアはポケットから5ラリ札を出して机の上に置き、ドアの方へ行った。外へ出る前に一瞥し、ジェマラに言った。

「全部使わないでよ、お釣りを僕のところへ持って来てね!」

 ゴギアはバルコニーに出て、木の手すりに両手をかけて下の方を見た。そこから町中をすっかり見渡せた。町には、新しい葉を出したプラタナスやアカシアに覆われている古くて壁の壊れている家々、狭くて舗装されていない通りがある。ヨーロッパアマツバメが空中を自在に飛ぶと同時に、何か妙な悪い知らせを伝えるかのように囀った。

 

 

ヌグザル・シャタイゼ     1999年

コメ入りヨーグルトスープ

温製スープ

 

2人分  調理時間25分

材料 ヨーグルト   500ml

   バター     大さじ2

   タマネギ    1個

   水       1カップ

   コメ      1/2カップ

   コリアンダー  10g

   ミント     5g

       ディル     5g

       塩       適量

   黒コショウ   適量

 

作り方

1.   タマネギをみじん切りにし、バターで炒める。

2.   ヨーグルトと水を泡立て器で混ぜ合わせ、炒めたタマネギに注ぎ、洗ったコメを加えて弱火で煮る。

3.   塩・黒コショウで味を調え、器に注ぎ、刻んだ香草を散らす。  

 

グルジアの料理 2011年 ディア出版

/グルジア語から

 

注意  

・煮すぎるとヨーグルトが分離するので、コメはあらかじめ少し煮ておく方が望ましい。

・上記分量で作ると、日本人にとってはかなり大量に出来る。

・コメが入っているので、ヨーグルトの粥といった感じである。

三つの嘘

グルジアの民話から    

 

 あったことか、なかったことか。あるとても厄介な王がいた。いつも何だかわけのわからないことを言い張って、もはや自分の言ったことに辻褄が合わなくなっていた。

 王には一人の美しい娘がいた。娘が年頃になったので、王は宣言した。

「わたしに三つの嘘をつける者に娘を娶らせよう。しかし、嘘をつくことが出来なければ、頭を切り落とすぞ」

 国中のいたる所から年頃の男たちが勇んでやって来た。しかし、全ては虚しく終わった。男たちは嘘を一つつくと、もうそれ以上作り上げることが出来ず、王は頭を切り落としていった。王の娘との結婚を求める大勢の若者は、このようにして殺された。

 ついに、この御触れはひとりの羊飼いさえも知るところとなり、羊飼いは家へ戻って、母親に言った。

「お母さん、ぼくの旅支度をして下さい。ぼくは王さまのところへ行きます。そして三つの嘘をついて、美しい娘を娶ります」

 母親は説得して引き留めようとした。

「だめよ。あそこでは、あなたが思っているより多くの善良な若者の頭が切り落とされている。あなたは生き残って王の娘を娶れるよう、嘘を作り上げなければならないのよ」

「お母さんはぼくの旅の食料を用意して下さい。あとは神様の思し召し次第です」と若者は言った。

 母親のできることは、食料を用意して、革袋に詰めてやることだった。若者は革袋をぶら下げ、王の元へ出かけた。

 王は羊飼いがやって来たので驚き、そして尋ねた。

「何だ?何をしに来たんだ?」

「王様の宣言を聞いたので、来ました」と若者は言った。

「まことによろしい。さあ、わたしに見せてくれ。結納に何を持って来たんだ、つまり、どんな嘘をつくんだ?」と王は言った。

 若者は、王が結納について何か言うように言っているのだと察し、こう言った。

「まったく何も持って来ることができませんでした。偉大な王様、ぼくを咎めないで下さい。放牧をして、たった今来たのです。母は頑張って料理を作りましたが、塩がもうありませんでした。すぐにぼくはアグゼヴァニへ行って、塩を持って帰り、料理に入れて、食べて、急いで走って来ました」

「若者よ、もうふざけるな!」王は羊飼いをじっと見つめ、明日来るよう、言い渡した。羊飼いはまた次の日にやって来た。

「もちろん持って来ただろうな?」と王は再び尋ねた。

「まったく何も持って来ていません、偉大な王様」羊飼いは再び故意に哀れを誘うようにした。

「海辺にある一軒のあばら家でぼくはなんとか暮らしています。昨日ぼくはここから帰り、あばら家の前にカボチャの種を蒔きました。今朝起こされて、見ると、カボチャの茎が海の向こう側に伸びて、対岸にカボチャがたくさん実っていました。ぼくは茎を伝って行って、その場でカボチャを煮てからすぐにあなたに会いにやって来ました」

 王の心に怒りの火が点いた。

「この羊飼いにこれ以上嘘をつかせるわけにいかない。彼の言うことを真実にしなければ、彼が本当にわたしに勝って、娘を連れて行くことになるぞ」と心の中で言い、羊飼いに翌日来るよう、伝えた。若者が去って、王は大臣たちに命令した。

「朝になって若者が来て、わたしに嘘をついたら、お前たちは『もっともだ』と叫べ。そしたらそれは嘘ではなく、真実となり、わたしは助かるのだ」

 羊飼いは王の不誠実を知り、自分でも策略を用いた。ワインが1500リットル入るほどの巨大な壺を一つ掘り出し、夜明け頃に王の庭へ転がし入れた。王が現れ、大臣たちを隣に侍らせ、言った。

「さて、どんな結納を持って来たんだ?」

「父はあなたにお渡しするために、これぐらいの壺三つ分の金貨を借りました。まず、借金をぼくに支払って下さい。それから結納についてお話しましょう」と若者は言った。

 若者がこれを言うや否や、大臣たちはすぐに叫んだ。

「もっともだ、もっともだ!」

王はとても腹を立て、大臣たちを責め立てた。

「この屑ども、『もっとも』じゃなくて、『嘘だ』だろ!」

「ぼくの言ったことが嘘なら、あなたの美しい娘をぼくに下さい」と若者は言った。

 王は約束していた通り、羊飼いの着古した服を脱がせ、王に相応しい服を着せ、娘を娶らせ、王国も委ねた。

 

悪しき事はあっち、良き事はこっち

もみ殻はあっち、粉はこっち

 

 

注釈

アグゼヴァニ  現在はトルコの東アナトリア地方のカルス県にある町。

        カギズマンと呼ばれる。昔のグルジア語ではアグゼヴァニと呼ばれ、塩をグルジアへ運んだ場所として知られていた。過去にはアルメニア、帝政ロシアに属していたこともある。

 

タタラ(ペラムシ) デザート

 

6人分   調理時間60分

材料 バダギ   2L  バダギはブドウ果汁を煮詰めて濃厚にしたものである。

   小麦粉 400g

   クルミ  50g

 

作り方

1.ブドウ果汁を煮詰めてバダギを作る。

2.熱いバダギを器に注ぎ、蓋をして、涼しい所に置いて冷ます。

3.小麦粉をふるいに掛ける。

4.ふるいに掛けた小麦粉をダマにならないようにバダギに加える。

5.かき混ぜながら弱火で煮るととろみがついて、やがて固まってくる。冷めると一層固まるのを考慮して固さを決める。

6.皿に盛り、冷蔵庫で冷やす。

7.クルミで飾り付ける。

 

トウモロコシ粉を使うと、ペラムシと呼ぶ。

 

グルジアの料理 2011年 ディア出版

/グルジア語から

 

注意

・バダギの代わりに果汁100パーセントのブドウジュースを用いた。ただし、酸味が強く出るので砂糖を加えて甘みを出した方がよいかも知れない。砂糖の量は好みに応じる。

・上記分量で作ると、日本人にとってはかなり大量に出来る。

 

 

兄弟愛

グルジアの民話から

 

 あったことか、なかったことか。神のより良き思し召しだったのだろうか。ある夫婦に二人の息子がいた。この一家には二頭の雄牛の他には何もないほど貧しく、なんとか暮らしていた。

 しばらく後に兄は結婚して自分の所帯を持ち、弟は父母と共に暮らしていた。別れて住むことは兄弟たちをもっと貧しくした。牛ばかりか農耕用の道具さえも兄弟それぞれで分け、それぞれがわずかな作物を作っていた。しかし、兄弟は絶望的な状況に屈せず、勤勉に働き、将来への希望を夢に描いていた。

 しかし、貧しくて、あまりにも貧しくて、希望さえも見失いそうだった。ある年に大干ばつが起こり、兄弟たちにはもうそれぞれの雄牛で耕す作物もなく、それぞれの耕地からは二十束ずつの穀物しか取れないほど、その干ばつは酷かった。

 弟は自分の畑で実った穀物の束を家へ持って帰り、じっくり考えた。「兄さんには妻と子供がいる。今年はぼくよりもっと大変だろう。ぼくは一人者だし、これぐらい大丈夫だ。早速何束か持って行って、兄さんの穀物の束の中にこっそりと混ぜよう」と決心して、夜が更けるとすぐに十束を背負って、兄の穀物置き場へ忍び込み、束の中に混ぜた。 

 弟は満たされた気持で家へ帰ったが、自分の穀物置き場にまた二十束があるのを見つけて、「この束をついさっき兄さんの穀物置き場へ持って行ったはずなのに、どうしてここにあるんだ?!」と驚いた。どうやら兄も同じことを考えたようだ。「弟は両親を養っているし、まだ幼い。人生経験だって乏しくて、ぼくより大変だろう」と、十束を手に取り、こっそり弟の穀物置き場へ持って行った。

 弟はまた十束を取って、再度兄の穀物置き場へと向かった。そして兄もまた同じことをした。兄が家へ帰ると、自分の穀物置き場にまた二十束があったのでとても驚き、十束を再度弟の家へ持って行くことにした。

 それぞれの家へ向かう途中、兄弟たちはお互いに出くわし、どうして自分の穀物置き場に持って行ったはずの穀物の束があるのか、そのわけを知って、お互い愛情を込めて抱きしめ合った。

 兄弟愛ってそんなものだ。

 

/グルジア語から

 

     

元羊飼いの思い出

 

アレクサンドル・カズベギ作 

                第一章 

 

 ある時、ぼくは羊飼いになって、山や谷に行き、村人たちと知り合い、羊飼いにはつきものの不安や喜びに満ちた生活を経験すると決めた。

 まず、ぼく自身が飼っていた何頭かの羊に、土地と交換してさらに手に入れた何頭かの羊を加え、そして杖と鉄砲を手に取り、羊飼いになったのだ。

 もちろん皆は、いい人生経験だと言ったり、安易に考えていると馬鹿にしたり、名声ある領主の息子に羊飼いなんてふさわしくないと言った。しかし、ぼくにはぼくなりの目的があった。ぼくの決意は固く、誰の忠告にも決して耳を貸さなかった。ぼくは村人たちと出会って、彼らの欲するものを知りたかったし、彼らの生活を実践して、働く村人たちの背後にある、差し迫った事態と貧困をぼく自身で経験したかった。そして、ぼくの中で何かが閃いたのだ。ぼくは羊飼いになるという目的を果たした。知りあって、近づきになりたいと心の中で願っていた通りに、村人たちに近づき、彼らと知り合った。(ただし、どうやったかは、読者の判断に委ねることとする。)ここでぼくの羊飼いの生活からエピソードを選んであなた方に話したい。その中のいくつかは興味深いのもある。 

まだ夏だった。羊はまだ乳を出していたので、ぼくは乳を搾ろうと出かけた。途中、ぼくとは見ず知らずで、羊飼いの恰好をしているぼくを見て、ぼくがただの牧童なのか、山の名士の息子なのか見分けのつかない二人のヘヴィの人たちに出くわした。

「たくさんの羊だね!」と二人は出会いがしらにぼくに声を掛けて来た。

「ごきげんよう」とぼくは返事した。

「この羊は誰のだね?」

ぼくは家の名字を挙げた。

「そうだ、確かにここは彼らの丘だ。焼印が付いているのは彼らの羊だけだよ」と一人が言い、そして「君はいったい誰の息子なんだ?」と付け加えた。

「ぼくはアラフヴェティの出身です」とぼくはムティウレティ訛りで話した。「イアコビ・ブルドゥリの息子です」

「きみは雇われているの、それとも共同で飼っているの?」と二人はまた尋ねた。

「ぼくの羊もいます」とぼくは返事した。

 二人はそばにやって来て、羊を追うのを手伝ってくれた。

「ねえ、きみは何て名前だ?」

「マムカです」

「きみに羊を預けた持ち主は自分でも羊飼い仕事をするの?」

「この羊の持ち主は神さまのご加護で仕事をやっていますよ!」とぼくは返事した。

「彼が自分でも羊飼い仕事をやっているの!」と彼らは驚いた。

「ええ」

「すごいなぁ、そりゃあ、神さまのご加護だ!」

「どうしてですか?」とぼくは尋ね、心臓の鼓動が激しく打ち始めた。

「本当にすごいよ。だって、王さまみたいな家の息子なのに羊飼いをやっているなんて!ああ!」と一人が驚いて手を振った。

「領主の息子が羊を飼っていて、自分自身でも世話をしていることの何が悪いんですか?」

「悪いってことじゃなく、ヘヴィの領主の息子が羊飼いをやっているなんて、驚きだってことだよ!」と男が応酬した。

「彼の父親もそのまた父親も羊を持っていたけど、自分自身では決して世話をしていなかったよ」ともう一人の男が付け加えて言った。

「領主なんだもの、羊飼いなんて、わざわざしなくてよかったんだよ!胸中に勲章をつけていたぐらいだからな」           

「その当時は今とは違いますよ」とぼくは弁明を試みた。

「時代のことじゃなく、ヘヴィの領主の息子は出来が悪かったみたいだね。さもなけりゃ、偉くなっただろうよ」

 ぼくはこの言葉に傷つき、これ以上話し続けられなかった。搾乳はすぐに終わったので、しばらくの間また放牧しようとぼくは羊を追って山へ入った。

 二人の男は去り、ぼくは彼らとの議論で虚しくなって、考え込んでしまった。

 やがて霧が出て、湿度が高くなり始めた。ぼくは目の荒い布で身を包み、フードを頭に被り、羊の前に立った。羊たちはがむしゃらに走ったあとで、食欲旺盛に餌を食べていた。

 少し時間が経った。顎鬚のある、洋服を着た二人の男がぼくの方へやって来るのに気がついた。ぼくは驚いて彼らを見た。もし彼らが旅人だったら、反対側の道を行かねばならず、その道を行くと、ぼくのいるところには来られないのだから。

 二人は杖を上手に使って、近づいて来た。ぼくの犬の「バサラ」が吠えながら彼らの方へ駆けて行ったが、ぼくが犬を呼ぶと、尻尾を振って僕のところに戻って来た。二人の男たちは微笑んで、怪しげなロシア語でぼくに話しかけた。

「犬、犬・・・噛みつかない・・」

「噛みつかない」とぼくも同じように答えた。

「雄羊、雄羊・・・」と一人が言い出したが、ロシア語が出来ないので言い終えることが出来ず、仲間の方を向いてフランス語で話した。「『羊毛はどこで買えるのか?』ってどう言えばいいのだろう?」

 「ぼくも知らないよ」ともう一人もフランス語で答えた。

 結局、二人で羊毛製品について話し始め、山の中でとてもたくさんの羊をぼくたちが飼っていることに驚いていた。最後にまた、ぼくたちがどこで羊毛を売っているのか、そして山で何プードの羊毛を買うことが出来るのか、知りたがった。

 ぼくはもうこれ以上我慢が出来なくなって、フランス語で彼に返事をした。

「山にはとてもたくさんの羊がいます。村人たちのほとんどは羊飼いとして生活しているんです。アルメニアの商人たちもここで羊毛を買っています」

 山に住んでいるのは10以上数えることすら出来ない無教養な人間だと思っていた他所者は田舎者と会って、ただの羊飼いが、ただの山男が、突然、フランス語を話すなんて思いもしなかっただろう!彼らが驚いてものが言えなくなっているさまを想像して下さい。

「どうしてなんだ!あなたはフランス語を話すことが出来るのですか?!」とぼくをじっと見つめて、二人一緒に叫んだ。

「ええ、ほんの少しですが」

「何をおっしゃいます、どこで学ばれたのですか?いや、あり得ないことだ!」

 ぼくは彼らをからかおうと思い、こんな返事をした。

「僕たち羊飼いの多くはフランス語を話せます。ぼくは他の国で働いていて、フランス語をもうほとんど忘れてしまいました。だけど、他の羊飼いたちはフランス人と同じぐらいに出来ます」

「なんということだ?!すごいなぁ!」と二人は声を揃えて言った。「田舎者だと思っていたのに、こんなにすごい人たちに会ったことがないよ!」

 彼らは話し疲れ、ぼくと雑談することに飽きて来た。

「今夜、ぼくたちはカズベギの駅で過ごすつもりなんです。夕方になったら、是非来て、あなた方の生活や習慣や気質について語ってくれませんか」と彼らは頼んだ。そしてぼくに問うた。「あなたはイギリスとフランスをご存知ですか?」

「知っていますよ」とぼくは頷いて答えた。

「ほら、彼はフランス人で、ぼくはイギリス人です」と一人がぼくに明かし、付け加えて言った。「あなたが話してくれることをぼくたちが国で本に書いたら、皆が読むでしょう。さあ、必ず来て下さい」さらに、付け加えた。「お金をお渡ししますよ」

「ありがとうございます。伺います」とぼくは答えた。

 フランス人はポケットに手を入れ、お金を取り出して、渡そうとした。

「さあ、この手付金を受け取って下さい。夕方にまたお渡しします」

「ありがとうございます」とぼくは恥ずかしく思いながら返事し、赤面した。「夕方にお会いして、その時に渡して下さい」

「受け取って下さい。あなたは恥じることなんてありませんよ」

「夕方にしましょう」

「分かりました。では、夕方に」とフランス人は返事し、二人はぼくに別れを告げ、ぼくは羊を村の方へ向け、ゆっくり、ゆっくり追いたてた。

 夕方、ぼくの羊飼い仲間が乳の出ない羊に塩を持って行った山から戻り、毎晩羊の番をしてくれている、もう一人の男の子もやって来た。

「おかえり」とぼくは言った。

「神のご加護を」と二人は返した。

「羊はどんな具合なの?」と山から下りて来た仲間に尋ねた。

「何を気にしているんだ?毎日、牧童たちが子羊をキルヴァニへ放牧に連れて行っているさ。子羊は元気一杯、動き回って遊んでいるよ」

「草はどんな具合なんだ?」

「すごいよ!」彼の声の調子から良いことがあったと分かった。「草は問題ないさ。本当に羊はキュウリみたいに丸々太ったよ。ところで、奥さまからきみへ言づてがあるんだ。『すぐにここへ来なさい。お客さまがいらしてますよ』だってさ」と羊飼い仲間が言った。

「お客さまって誰だ?」とぼくは尋ねた。

「さぁね、町から来た、将校たちだろ!」

「女もいるの?」

「いるよ」

「それなら行くよ。羊が逃げないよう、気を付けてね」

「ご心配なく、羊のことは大丈夫だ」

 ぼくはさよならを言って、羊の扱いに慣れている、ぼくに忠実な犬を撫ぜて、母のいる家へと向かった。

 夕方の空は美しく、月に照らされていたので、皆は小さな庭へ出て、お茶を飲んでいた。陽気に笑って、話している様子から、気さくなお客が来ているのだとぼくは思い、少し近づいて耳を澄ませた。声を聞くと、その中の一人はぼくの近縁者だと分かった。彼とは随分長い間会っていなかったので、ぼくは急いだ。年老いた親戚は父と親しかった。ぼくは着替えてから来訪者たちのところへ行きたかったが、彼らはぼくを見つけて、呼んだ。ぼくは詫びながら近づいて行った。親戚のところへ行くのに服のことで、恥ずかしく思うことなんてないじゃないか。しかし、行った途端、ぼくの年老いた親戚が次の言葉でぼくを迎えた。

「あっ!ほら、山の領主の息子がいるぞ!」

 ぼくの状況を想像して下さい。ぼくは手を広げたまま、唖然として何も言えずに老人を見ていた。若い親戚もその辺りに集まって来て、くすくす笑っていた。

「おまえ自身、恥ずかしくないのか?もはや羞恥心を持っていないのか?」と老人はぼくに怒って言った。

「どうしてぼくを罵るのですか!ぼくは悪いことなんか、していないでしょ!」とぼくは何とか言葉にした。

「何をとぼけたことを言っているんだ?おい!おまえの父親は羊飼いになるようにおまえを育てたのか?ちゃんと父親のことを考えてお金を使っているのか?羊飼いになりたいのなら、どうしてお金を使ってまで、ロシアに行ったんだ?罪深い奴だ・・・どうせ上手くやれないだろう。羊飼いをやるなら、おまえをわしの監督官に託したのに。彼なら、おまえに羊飼いのやり方をしっかり教えていただろう・・・」

「ぼくの父は父なりにとても楽しんで暮らしていたし、ぼくも自分の楽しみを持って、暮らしたいんです」とぼくは憤慨して返事した。

「彼は庶民の中に入って、彼らと仲良くしたいのですよ!」と一人の若い将校が割って入って、微笑んだ。

「庶民の中に入って、仲良くしたいけど、それはあなた方には関係ないことだ」とぼくは答え、そして付け加えて言った。「言っておきますけど、羊飼いをやる方がとめどないおしゃべりよりましですよ。少なくとも仕事をしています」

 ぼくが家屋の方へ引き返し、部屋へ入るまでずっと激怒した老人の叫び声と若者たちの笑い声が聞こえていた。老人は叫んでいた。

「どこの庶民と仲良くするんだ、どこの庶民の中に入るんだ!それに近頃の奴らは使い物にならない、何の価値もない、何一つ出来ない、そんな庶民と仲良くなるって、か」

 将校は小さな声で言った。

「どうしてそんなことをおっしゃるのですか?たったひとつの例で、どうして他の事柄についても一緒だと決めつけるのですか?我々の親戚が羊飼いをやり始めたのは、有名になりたいからだけですよ。誰だって、そうじゃありませんか?」

「羊飼いをやったって、有名になるわけないだろ・・・」最後に老人の声を耳にして、ぼくはドアを閉めた。

 こっちからはぼくが一族の決めた道を歩まないのに、その道のゴールにある地位と名声にこだわっている、という罵りが、そっちからはぼくがひいひい言わずに、大変な仕事をしているじゃないか、という老人に対する罵りが、あっちからはそれは疑わしい、という声が聞こえた。ぼくは庶民の心を理解しようと努力していたので、彼らのものを略奪するような人間になるどころか、彼らと一緒に働いて親しくなることを考えていたのだ!

 ぼくの羊飼い生活が、こんな具合に始まった。7年間どんな仕事をしたのか、何を見て、理解し、感じたかを次に披露しよう。

 

(1882年の作)訳/グルジア語から

 

注釈:

第一章では二十歳代の作者が羊飼いになると決心し、羊飼いを始めたばかりの頃の出来事を、第二章では羊飼い仲間から聞いた話を、第三章ではいよいよ放牧の旅に出発し、実際に体験した出来事を描いている。因みに、第二章で述べられているが、一つの羊の群れを伴って、5、6人の羊飼いが放牧の旅に出るのではなく、たくさんの羊の群れと多くの羊飼いたちでチームを作り、リーダーを決めて広範囲を旅するのだが、この旅でリーダーとして活動している。

物語の舞台となる地域にはグルジア軍用道路が通っている。現在のロシア連邦北オセチア共和国のヴラジカフカスからコーカサス山脈を越えてグルジアのトビリシに至る約210kmの街道である。19世紀に南下政策を続ける帝政ロシアが、1801年に東グルジア(物語の舞台が含まれているカルトゥル・カヘティ王国)を併合したのに伴い、コーカサス山脈を縦断する軍用道路を建設した。この道路を経て、帝政ロシアはコーカサスに領土を広げていく。

1783年の帝政ロシアとの条約で東グルジアに約束されていた王政存続は無視され、西グルジアの諸公領も自治権を失い、軍政が布かれた。1845年、ザカフカス総督府が現在のトビリシに置かれ、総督府の長に任命されたのはロシア人(ナポレオン戦争で活躍したヴォロンツォフ)であり、帝政ロシアの他の植民地に置かれた総督府の長以上に大きな権限を持っていた。ロシア内地同様、県制が導入され、県知事を始め、支配階級にはグルジアの有力者層の多くがそのまま就いた。

上述したように王政はなくなり、自治権を失ったグルジアで作者は生まれ、育ったのである。支配階級に属していたので、それなりの生活を享受することが出来たが、グルジアの庶民の実情を知ろうと羊飼いになり、この作品をしたためた。

 

ヘヴィ      グルジア北東部にある地方で、大コーカサス山脈の北側斜面に位置する。中心都市はステパンツミンダ(旧名 カズベギ)

         作者、つまり物語の主人公はここの出身で、地名にその名を冠するほどの著名な領主の息子である。

 

アラフヴェティ  アラグヴィ川右岸、グルジア軍用道路沿いの小さな村。

         主人公がヘヴィからやって来た二人の男と会った時、ムティウレティ地方のアラフヴェティ出身であると偽り、二人の男による自分自身への評価を知り、ショックを受けた。 

 

ムティウレティ  グルジア東部のアラグヴィ渓谷の一部の地方。ヘヴィに隣接した地方ではあるが、その間には五千メートル以上の大コーカサス山脈がそそり立つ。

 

プード      ロシアの古い重量単位。1プード=16.38kg

 

アレクサンドル・カズベギ

1848年1月20日ステパンツミンダで生まれ、1893年12月22日トビリシで亡くなった。ヘヴィの行政官の息子として生まれ、ステパンツミンダで育った。トビリシとモスクワで教育を受けた後、故郷へ戻り、羊飼いとなった。1879年まで羊飼いとして暮らし、ヘヴィの人々の生活や農民の苦しみ、ロシア皇帝の権力やロシアとグルジアの民衆との問題について知った。この期間のことは「元羊飼いの思い出」に描かれている。1879年にトビリシへ居を移し、作家としての活動を始めた。

ゴズィナキ デザート

 

 

 

6人分   調理時間25分

材料 クルミ  200g

   ハチミツ 100g

   砂糖    10g


作り方

1.クルミを弱火で炒って、冷ましてから長めの薄いかけらになるように刻む。

2.薄皮を取り除くために、刻んだクルミをふるいに掛ける。

3.底の厚い小さめの深鍋(鋳鉄製の小さめの深鍋でもよい)にハチミツを注ぎ、弱火に掛け、木ベラでしばらくかき混ぜる。

4.約15分後、冷水の入ったコップにハチミツを垂らしてみて、固まり具合をみる。滴が固まるなら、鍋に砂糖を加え、さらに2、3分煮る。

5.鍋を火からおろし、刻んだクルミを入れ、よくかき混ぜる。

6.できた塊を水で濡らしたまな板の上に広げる。

7.まず、塊を手で平らにし、さらに水で濡らしためん棒で平らにする。厚みは1cm以上にならないよう、気をつける。

8.平たくした塊が冷めないうちに、菱形に切る。(もし、切るまでに冷めてしまったら、温めた包丁で切る)

9.平たくした塊がまだ温かいうちに濡らした手を置くと、表面につやが出る。

 

グルジアの料理 2011年 ディア出版

/グルジア語から

 

 

賢い王と貧しい男   グルジアの民話から

 

 あったことか、なかったことか。神のより良き思し召しだったのだろうか。ある国の都に一人の実直な男が住んでいた。仕事がなく、あまりにも貧しかった。貧しさと空腹がとても辛かったので、王のところへ行って、自分の困窮を訴えると、何か施してくれるだろうと考えた。

 貧しい男は決心し、出かけた。王の宮殿に着いて、入宮の許可をお願いした。門番は尋ねた。

「何の用だ?」

 男は何のために来たのかを話した。

 門番は王が困窮者に対して慈悲深いと知っていたので、男に言った。

「王さまがおまえに施したものを半分、おれにくれるのなら、入宮を許可する。くれないのなら、許可しない」

 自分のような困窮者が一体何を分け与えなければならないのか、と男は思い、情けなくなったが、門番は言った。

「おれは困窮者や迷惑者なんて知らない。おれに半分よこすのなら、許可してやろう。よこさないのなら、どこかよそへ行ってくれ」

 男に一体何が出来ただろう。そこでは自分には力が無いことを知っていたので、「ぼくを入れてくれたら、おまえに半分やる」と同意した。

 門番はその約束で入らせた。貧しい男は王の元へ行った。王は男にやって来たわけを尋ねた。

「何のために来たのか、申せ!」

「偉大な王さま、2発、ぼくを思いっきり殴りつけて下さい。それ以上のものを何一つぼくは求めません。1発目は顎に、2発目は・・・やはり顎に」と男は言った。

 王は殴るよう頼む人間がこの世にいることに驚いたが、貧しい男があまりに懇願するので、断り切れず、2発、ぶん殴った。

 男は感謝して、出て行った。宮殿の門のところにあの門番が立っていて、男に言った。

「おい、王さまがおまえに施したものの分け前を早くおれにくれ。きっちり半分だぞ」

「間違いなく半分だ」と男は言い、目から火花が出るほどの1発を顎に喰らわせた。

 殴り合いの大喧嘩になった。王は喧嘩の騒動を聞き、バルコニーへ出て来た。何が起こったのか、何が原因で喧嘩をしているのか、尋ねた。

 貧しい男は言った。

「偉大な王さま、この男はあなたのところへ行く時に『王さまがおまえに施したものを半分、おれによこせ』とぼくに言いました。それで、あなたが下さった2発のうちの1発をやったのです。今、彼がどうして怒っているのか、ぼくには分かりません」

 王は貧しい男の老練さを気に入り、すぐに強欲な門番を放逐し、その職に貧しい男を任じた。

 この日以来、貧しい男にかける王の情けはさらに深まり、男は貧しさからも抜け出し、所帯を得て、平和で幸せに暮した。

 

/グルジア語から

 

 

チョングリ弾き  グルジアの民話から

 

 あったことか、なかったことか。神のより良き思し召しだったのだろうか。一人の勇猛な王がいた。王には一人の大層美しい娘がいた。娘が年頃になった時、王は不死のリンゴを持って来た者と娘を結婚させると宣言した。求婚者たちは不死のリンゴを取りに出かけたが、誰一人戻って来る者はなかった。

 その王国に一人の有名なチョングリ弾きが住んでいた。彼は王の美しい娘に恋こがれたが、求婚することが出来ずにいた。だが遂に決心して、王のところへ行き、自分の望みを伝えた。王はまず、「こんな貧しい者が図々しくわたしの娘を求めるとは何事か」と怒りだし、首を切ろうとしたが、「奴にどんな責めを負わせようか。不死のリンゴの番人の竜に食われるのも同じこと」と考え直し、他の求婚者と同様、彼にも不死のリンゴを持って来るよう、旅に送りだした。

 チョングリ弾きは自分のチョングリを持って、旅に出た。九つの山と九つの野原を歩いて越えると、ある険しい石の城壁にたどり着いた。その城壁は不死のリンゴの庭の周りを取り囲んでいるだけのもので、オオタカでさえ飛んで越えることが出来ないほど高かった。

 チョングリ弾きは城壁の周りを歩き回ったが、どこにも門を見つけることが出来なかった。最後には座りこみ、チョングリを弾きながら、美しい歌を歌った。国中が耳を傾け、木々の葉は囁くのを止め、枝は低くしなり、森からは動物たちが、空からは鳥たちがやって来て、川は流れを止めた。皆揃って、歌の魔法のメロディに酔いしれた。歌は、遂に石造りの壁にさえ命を与えた。壁は一つの場所を開き、チョングリ弾きに不死のリンゴへと続く道を提供した。

 チョングリ弾きは城壁の中に入り、バラの花で縁取られた道を歩んだ。庭の番人である、火のように赤い顔の竜は人間のにおいを嗅ぎつけ、口を開き、食おうと襲いかかった。チョングリ弾きには逃れる術がなく、彼の命はもはやこれまでと思われた。が、「死ぬまでにもう一度、ぼくのチョングリを弾こう。どうしたって起こることは、起こるのだから」と彼は考えた。弦をつまびき、演奏に合わせて歌も歌った。また木々はそよぎ、また川は静かにせせらぎ、動物たちや鳥たちもやって来た。口を開けた竜も立ち止り、もたげた首を下げて地面につけ、ゆっくりゆっくり頭を持ち上げ、血走った眼から涙がこぼれ落ちた。チョングリ弾きは歌い終え、最後にチョングリの弦を震わせ、演奏を終えた。頭を垂れたチョングリ弾きは竜の前に立ち、運命を受け入れようと待っていた。竜は目を開け、チョングリ弾きを見た。そして向きを変え、不死のリンゴをもぎ取り、手渡した。チョングリ弾きは竜からリンゴを貰うなんて思いもせず、驚いた。竜は言った。

「怖がらないで、ぼくはきみを決して襲わないから。これまで生きてきて、こんなに素晴らしい音楽を聞いたことも、これほど心地良かったこともなかったよ。さあ、このリンゴを持って行って、秘めた思いを叶えて下さい。これ以降、ぼくは人間たちがやって来ても決して危害を加えないよ」

 チョングリ弾きは不死のリンゴを持って、王の宮殿まで大喜びでずっと走って行った。そして王に不死のリンゴを献上して、言った。

「偉大な王さま、ぼくは務めを果たしました。さあ、約束通り王女さまと結婚させて下さい」

 王は、もちろん、約束を違えず、自分のとても美しい娘を連れて来て、チョングリ弾きに託した。自ら結婚式も執り行い、花婿を宮殿の演奏家たちの長に任命した。

 

/グルジア語から

 

注釈

チョングリ  東グルジア(グリア、サメグレロ、イメレティ、アチャラ)で普及している4弦の弦楽器。しばしば、歌の伴奏として、またダンスの演奏のために用いられる。

 

 

農夫とクマとキツネ   グルジアの民話から

 

 あったことか、なかったことか。一人の農夫がいた。妻と二人暮らしだった。

 ある日、農夫は畑仕事に出かけた。道端の洋ナシの木の根元にクマがいるのを見た。クマは洋ナシを食べすぎて、消化できず、木の根元に寝転がっていた。クマのそんな姿を見た農夫は笑いだした。クマは言った。

「誰にもおれのことを言うなよ。もし言ったら、おまえを食べるぞ」

 農夫が家に向かうと、クマは立ち上がり、急いで後をつけた。農夫が家に着くと、クマは家の隙間に忍び寄り、聞き耳を立てた。農夫は妻にクマのことを語った。クマは話を全部聞き取り、引き返した。そして農夫の畑へ行って、寝そべった。

 翌日、農夫はまた畑仕事に出かけた。畑で横になっているクマを見て、恐ろしくなった。クマは立ち上がり、言った。

「朝早くおまえが耕しにやって来たら、朝早くおまえに噛みつくぞ。遅くおまえが耕しにやって来たら、遅くおまえに噛みつくぞ」

 農夫は怖くなった。道へ逃げ、困り果てた。正午に妻が昼食を持って来た。程よく焼けた鶏肉一つとハチャプリ三つとワイン一瓶だ。農夫は妻に言った。

「もう、お昼だな。クマが畑で寝そべっていて、こんなことを言うんだ。『朝早くおまえが耕しにやって来たら、朝早くおまえに噛みつくぞ。遅くおまえが耕しにやって来たら、遅くおまえに噛みつくぞ』と」

妻は言った。

「どうしてあんたがそんな目に会わなくっちゃならないの?」

「夕べおまえに話したってことで、おれを脅しているんだ」

 この時、キツネがひょっこり現れた。農夫が困っている様子を見て、尋ねた。

「どうしたんだい?」

「おれの畑にクマがいて、おれを食べると言うんだよ!」

 するとキツネが言った。

「その鶏肉とハチャプリをくれたら、あんたを助けてあげるよ」

農夫は答えた。

「おれを助けてくれるのなら、ワインも飲んでくれ!」

キツネは座り、御馳走を楽しんだ。食べ終え、農夫に言った。

「あんたは畑へ行って、クマの近くで耕し始めて下さい。ぼくは小さな丘へ行って、そこからあんたを呼ぶから、あんたは返事を返して下さい」

農夫は耕し始めた。キツネは小山に登り、そこから呼びかけた。

「おーい!三歳のクマの足跡を見なかったか?王さまが軍隊を率いてやって来るぞ。クマを見たいって」

 クマは農夫に懇願した。

「『見なかった』と言ってくれ」

「いいや、見なかったぞ!」

「じゃあ、それは何だ?」

農夫はクマに尋ねた。

「何て返事したらいいんだ?」

 クマは言った。

「『切り株だ』と言ってくれ」

「これは切り株だ、切り株!」

「切り株なら、荷車に置いて下さい!」

 クマは荷車に載った。キツネは言った。

「では、切り株を荷車に結び付けて下さい!」

 農夫はクマを荷車にロープで結び付けた。キツネは叫んだ。

「では、斧を当てて下さい!」

 農夫はクマを斧で打ち据え、殺した。キツネと農夫は大いに笑った。農夫はクマの肉を売り、脂身を油として使い、皮をなめした。

 

さあ、さあ、

一杯飲もう、

語り部にも素直に話を聞いてくれた人にも

それぞれ皆にコップを

悪しき事はあっち、良き事はこっち

もみ殻はあっち、粉はこっち

 

/グルジア語から

 

注釈:

ハチャプリ  チーズ入りのパン

 

 

三人姉妹   グルジアの民話から

 

 ある夫婦に三人の娘がいた。一家はとても貧しく、財産は何一つなく、父親らしいことも、母親らしいこともしてやることができなかった。

 ある日、妻が棚を拭いていると小麦の種が三粒落ちて来た。その種をつまみ上げ、土にまいた。やがて大豊作となり、海が波立つように小麦が茂り、穂はたわわに実って重さで倒れるほどの畑が出来上がった。夫婦は大喜びだった。

 さて、小麦がよく実り、素晴らしい畑になったので、一家で収穫のために出かけた。刈り取り、集めて束ね、巨大な小麦の山が出来上がった。

 次の日、父親は長女に小麦の山を見に行かせた。やって来た長女は一頭の巨大な竜が小麦の山の周りを取り囲み、この山を一回りして尻尾を口にくわえているのを見た。長女は恐怖で気を失いそうになった。父親のもとへ戻って事の次第を話した。

 父親は次に二女を行かせた。

「何が望みか、聞いて来い」

二女は死ぬほど怖がって、何も尋ねることができなかった。

 そして父親は末娘を行かせた。末娘は竜のところへ行って、尋ねた。

「何が望みで来たのか、教えて下さい」

 竜は言った。

「娘の一人をわたしの嫁にくれるよう、お父さんに言いなさい」

 末娘は父親のもとへ戻って、竜の言付けを話した。父親は長女に尋ねた。

「おまえが嫁に行ってくれるか?」

「とんでもないわ!」長女は返事をした。「わたしはそんな奴のところに嫁ぐなんて、絶対に嫌よ!」

 二女も拒否した。そして末娘の答える番となった。

 末娘は言った。

「わたしが嫁ぎましょう」

 竜は末娘を娶り、自分の家へ連れて行った。竜が先に泳ぎ、末娘が後を追いかけた。竜と末娘が村から離れた所に来ると、竜は皮を脱ぎ捨てた。するととても美しい青年が現れた。末娘は大層喜んだ。青年は言った。

「ぼくたちの国では不思議な話し方をするんだ。僕の母がきみに『水差しを割りなさい』と言ったら、水差しを母に持って行かないといけない。『水をこぼしなさい』と言ったら、水を持って行かないといけない。『かまどを壊しなさい』と言ったら、かまどに火を起こさないといけない。『テーブルクロスを片付けなさい』と言ったら、きみはテーブルクロスを広げなさい。『お椀を壊しなさい』と言ったら、お椀を持って行きなさい」といった具合に末娘に教え、二人は道を進んだ。

 不思議の国に着くと、義母が新妻に言った。

「水をこぼしなさい」

新妻は水を汲んで、義母に持って行った。何事も夫が教えたようにやった。来たばかりだというのに、この国のしきたりと作法を知っていることに皆はとても驚いた。皆は新妻を気に入った。

 妻は妊娠した。出産が近くなったので、里帰りのため故郷へ連れて行かれた。姉たちは末の妹の夫と彼らの生活をとても羨んだ。

 妻は男の子を産んだ。夫が迎えに来た。妻と夫が帰る支度をすると、上の姉がついて来ようとした。末の妹は姉に言った。

「ついて来ないで。お義母さんは意地悪なの。お姉さんをこき使うわ」

 上の姉は引き下がらず、ついて来た。道中、姉は義弟に言った。

「あなたは前を歩いて下さい。わたしたちは後を追いかけますから」

 義弟は前を歩き、姉妹は後ろをついて行った。途中で二人は実をつけた一本のリンゴの木を見つけた。木は高く、幹がなめらかで枝がなかった。姉は妹に言った。

「さあ、わたしの服を着なさい、あなたの服を破らないように。わたしの背中に乗って、あのリンゴの木に登って実を取ってちょうだい。あなたが下りて来るまでわたしが赤ちゃんを見ているわ」

なんて哀れな妹だ!子供を姉に渡し、背中に乗って、木に登った。姉は子供を抱いて、行ってしまった。赤ん坊は泣いて、ずっと涙を流していたが、姉はお構いなしだった。

 妹はリンゴの木に座り、わが子の泣き声を聞いて、堪え切れず、姉に叫んだ。

「お姉さん、わたしを泣かせないで、赤ちゃんを返して。わたしを木に置き去りにしたわね。赤ちゃんにあなたの乳を飲ませて」

 姉は義弟を追って、大声で言った。

「ちょっと待って。わたしのお乳が出ないの。だから赤ちゃんが泣くのよ!」

 義弟は待っていた。姉も自分の妻と同じように着飾っていたので、彼は姉のことを自分の妻だと思った。二人で息子を家に連れて帰るのだ。   

「お姉さんはどうしたの?」と義弟が尋ねた。

「『お義母さんにあなたは耐えることができないわよ』って、わたしは言ったの。そしたら帰ったわ」

 姉と義弟は家に帰った。義母は言った。

「さあ、水差しを割ってちょうだい」

 姉は水差しを手に取り、落とした。がちゃん!

「お椀を壊してちょうだい」

 姉はお椀を手に取り、落として粉々にした。

「かまどを壊して!」

 姉は斧を手に取り、かまどに打ち付けて壊した。

 皆は訝しく思った。「どうしたんだ!」

 姉は母乳が出ないので、牛を一頭飼って、赤ん坊に牛乳を与えて育てた。しばらくして成長した子供は自分の牛を野原に連れて行って、草を食べさせた。

 子供の母親はリンゴの木に置き去りにされて、どれほど泣いたことか。泣いて、涙と血で地面を濡らした。彼女の血と涙が合わさったところにアシが生えて来て、森のようになった。そして数千種類の花と草が咲いた。

 ある日、小さな男の子はあのリンゴの木が生えているところに牛を連れて来た。そしてアシを一本折って、裂いて笛を作り、吹いた。笛は音を奏でながら語っていた。

 笛よ、笛よ、

 笛になったわたしは、どうして泣いているのかしら?

 あなたの母親であるわたしは傷つけられているの。

 あなたはわたしの子供なのよ!

 

 笛はずっとこんなことを語っていた。男の子は笛をしっかり抱きしめ、もう手放すことができなかった。彼は笛を家に持ち帰り、吹いた。すると笛はまたあの物語を語った。継母はかっとなった。子供から笛を取り上げて壊した。しかし壊れた笛がまた奏でて語った。

 笛よ、笛よ、

 笛になったわたしは、どうして泣いているのかしら?

 あなたの母親であるわたしは傷つけられているの。

 あなたは私の子供なのよ!

 

 継母はそれを聞いて、壊れた笛を拾い上げ、かまどへ投げ入れた。笛のかけらが燃やされると、灰から女の顔が浮かび上がり、かまどに張り付いた。子供はかまどのそばに座って泣いていた。

 継母は子供の様子に気づいて、かまどの中を覗くと、そこに妹の顔があった。継母は怒り狂って、灰を掻き出し、テラスに撒かせた。その場所に美しいポプラの木が生えて来た。夫はポプラを見て、とても喜び、ベッドを運ばせ、ポプラの下に置いた。夜、夫が寝ていると、ポプラの木は枝を曲げて、寝ている夫にそっと触れた。

 偽の妻は憎くてならなかった。自分は病気だと夫に言った。

「あのポプラの木を切り倒して、風呂桶を作ってくれたら、わたしはその中で病を治す聖なる水を浴びることができるわ。ねぇ、お願い、助けて。さもないと、わたしは死んでしまうわ」

「死ぬほどなら、好きにするといい」と夫は返事した。「勝手にしろ!」

 夫は狩りに出かけた。偽の妻は使用人に命じてポプラの木を切り倒させて、風呂桶を作らせた。しかし聖なる水を浴びなかった。病気ではないのだから、浴びる必要はないのだ。

 夫が帰って来た。ポプラの木が切り倒されたと知って、とても傷つき、怒った。しかし怒ったところで、もうどうにもならない。

 あのポプラの木の一片が子供のいないひとりの老婆の家のテラスに落ちた。老婆はポプラの木片を見つけて、家に持って入り、発酵している最中のパンが入っているボウルを覆った。老婆がどこかへ出かけると、木片は女に変わって、拭いたり、その辺りを片づけたり、食器を洗ったり、整頓し、また木片になって、ボウルを覆った。老婆が帰って来て、きれいに片付いた家や洗ってきれいになった食器を見て、驚いた。隣人の家に行って、礼を言うと自分がやったのではないと言われた。

「わたしたちはあなたの家に入っていないし、拭き掃除もしていないわ。誰がやったのか、ドアの後ろに隠れて見てごらんなさいよ」と隣人たちが言った。

 老婆は言われたとおりに待つことにした。ドアの後ろに隠れて待った。

 木片は思った。「さあ、お婆さんが出て行ったわ」

 そして女に変わって、家を掃除してきれいにし始めた。老婆はそっと忍び寄り、近づいて、捕まえた。

「きゃあ!」と女は叫んだ。

「怖がらなくていいよ。神様はわたしに子供をお与えにならなかった。だからおまえは私の娘になりなさい」と老婆は言った。

 女も大層喜んだ。お婆さんの家で一緒に幸せに暮らしていた。

 ある日、女は老婆に懇願した。

「お母さん、どうかお願いです、ヴェシャピアさんと彼の奥さんと子供さんをここに招待させて下さい」

 老婆は快諾した。

「おまえが招待したい人をわたしが拒むはずないじゃないか。おまえが喜ぶのなら、誰でも招待しましょう」

 女は御馳走を用意し、自分の夫と子供、そして邪悪な姉を招いた。宴の席で、女はグラスを取って、ワインを注ぎ、乾杯の音頭を取った。

「皆さんの健康を祝して!私の夫よ、私の子供よ、そして私の姉よ」

 この時、夫はこの女に親しみを覚え、愛おしくなり、この女こそ本当の妻であると確信した。

 女は詳しく全てを話した。夫は裏切り者を二頭の馬の尻尾に縛り付けて馬を走らせ、体を引き裂いた。それから本当の妻とまた結婚し、幸せに暮した。

 

悪しき事はあっち、良き事はこっち

もみ殻はあっち、粉はこっち

 

/グルジア語から

 

 

ツィカラ   グルジアの民話から

 

 あったことか、なかったことか。神のより良き思し召しだったのだろうか。一人の小さな男の子がいた。母親はすでに亡くなっていて、父親は二人目の妻を娶った。継母は意地悪で下品な女で、毎日義理の子供を叩き、ひどい目にあわせた。

 男の子はツィカラという名前の雄ウシを飼っていて、とてもかわいがっていた。毎日野原へ連れて行き、日暮れまで草を食べさせ、水浴びをさせ、熱射病にならないよう日陰で休ませた。ウシと一緒に出かけることで、男の子自身もくつろいでいた。

 継母は心穏やかではなく、義理の子供を厄介払いしようと色々試みたが、どれもうまくいかなかった。しかし、ある日病気の治療という方法を思いつき、病気を装って、うんうん唸り始めた。夫は尋ねた。

「おまえを助けるにはどうすればいいんだ?」

「ツィカラの心臓と肝臓でなければ私を治すことはできないわ」と妻は言った。ツィカラが殺されたら、男の子は悲しみのあまり病気になって死ぬだろうと考えたのだ。

 父親はこの言葉を聞いて悩んだ。「どうしよう、妻はベッドから起き上がることができないんだ!」ツィカラを殺すと決めた。

 翌朝、男の子は父親がナイフを研いでいるのを見た。

「何をしているの、お父さん。そのナイフを何のために研いでいるの?」と男の子は聞いた。

「ツィカラを殺さなくちゃならないんだ」と父親は言った。

 男の子は悲しくなった。が、彼に一体何が出来るだろうか?

「それでもツィカラに水を飲ませに行くよ」と男の子は言った。

 彼はツィカラを水飲み場へ連れて行った。水を飲ませ、泣いた。彼の涙が水をあふれさせるほど、涙をこぼした。

「どうして泣いているの?何がそんなに悲しいの、きみのツィカラはいつも一緒だよ」

 男の子はあたりを見回した。男の子は驚き、怖くなった。それからようやく自分のツィカラが話しかけているのだと気が付いた。

「きみを殺すことになったんだ、殺すんだよ」と男の子は返事した。

「そうだね、知っているよ。それに今日はきみにとっても、いい日じゃないね。さぁ、砥石を一つ、櫛を一つ、水を一瓶持って来て下さい。そしてきみをぼくの背中に乗せて、一緒に逃げよう」

 男の子は言われたもの全てを持って来た。ツィカラは男の子を背中に乗せ、駆け出した。父親はずっとずっと待っていた。そして息子が戻って来ないので、水飲み場へ行った。そこに息子はいなかった。あちこち探し回ったが、息子とツィカラを見つけ出すことはできなかった。継母は義理の子供がいなくなったことに関心を示さなかったが、夫が「ツィカラも一緒に連れて行ったみたいだ」と言ったので、獰猛そうなブタを一頭連れて来て、追いかけさせた。

 ツィカラは走り、そして男の子も走った。ブタがそこまで迫っていた。ブタが彼らを捕らえようとしたその時、ツィカラは男の子に言った。

「もたもたすると、ぼくたちは殺されますよ。瓶の水を撒いて下さい!」

 男の子は水を撒いた。すると死の海が現れ、海は激しく荒れた。その荒れようは誰だって溺れ死んでしまうほどだった。しかしブタは大波にのまれるのを恐れず泳いでいる。ブタが海を泳いで渡っている間にツィカラと男の子は遠くに逃げた。でもブタも追いついて来た。

ツィカラは男の子に言った。

「振り返って見て下さい、ブタは来ていますか、来ていませんか?」

男の子は振り返った。「遠くにハエぐらいの大きさの何かが猛スピードでやって来るよ」とツィカラに言った。

「それはブタだ」とツィカラは答えた。

 ツィカラは走り、男の子を急がせた。ブタは迫り、またもやもう少しで追いつこうとしていた。

「櫛を捨てて下さい!」ツィカラは男の子に叫んだ。

 男の子は櫛を投げ捨てた。ネズミが向きを変えることができないほど細かく密集した森が突然現れた。ブタは森を切っては進み、切っては進んだ。ツィカラは走り、男の子を急がせた。ツィカラと男の子はブタを引き離した。振り返ると、遠くにまたハエのような何かがやって来るのを男の子は見た。

「ハエほどの大きさの何かが来るよ」とツィカラに言った。

「ブタがぼくたちを追いかけて来ているんだ」とツィカラは答えた。

 もう少し、あともう少しまでブタはツィカラに迫った。しかし男の子が砥石を投げ捨てると、ツィカラとブタの間に大きな大きな、とても大きな岩がそびえ立った。ブタは岩を切り開き、力を振り絞って岩を踏みしめ、頂上へと登っている。そして頂上に着いた時、ブタは足を滑らせ、岩の深い割れ目に飲み込まれた。もう大丈夫だ。

 男の子とツィカラは危機から脱した。彼らは歩き、安全なところへ出た。ツィカラは男の子を広い野原へ連れて行った。そこには一本のポプラがあって、木のてっぺんは空に届いていた。ツィカラは男の子を木の上に座らせ、一本は困った時に、もう一本は楽しい時に吹くようにと二本の笛を与え、そして言った。

「ぼくは行くよ。ひとりで野原を歩き回って、草を食べて自分で生活する。きみはここに腰かけていて下さい。もしきみが何かに困ったら、困った時用の笛を吹いて下さい。そしたら、すぐにぼくが来るよ。もしきみに楽しいことがあれば、楽しい時用の笛を吹いて下さい。ごちそうだって、飲み物だって出て来るかもしれないよ」とツィカラは言い残して去った。

 男の子はポプラの木の上に座って、楽しい時用の笛を吹いていた。一人の羊飼いが笛の音を聞いて、とても気に入り、音色につられてやって来た。羊飼いがポプラの木のそばに来て、目にしたのは、男の子が笛を吹き、蝶たちが周りで笛の音に合わせて舞う、楽しそうな光景だった。そんな姿に羊飼いは嫉妬を感じ、笛を取ろうと決めた。

「ちょっと下に下りて来てくれ。その笛が何でできているのか、見せてくれ」と男の子に呼びかけた。しかし、男の子は下りて行かなかった。ポプラの木から下りないようにとツィカラが言っていたからだ。嫉妬に駆られた羊飼いは立ち去り、王様のところへ行って、報告した。

「これこれの場所で一人の少年がポプラの木に腰かけ、笛を吹いて、国中を喜ばせています」

 王様はすぐに家臣たちを呼んで、言った。

「おまえたちがその少年を連れて来るか、あるいは少年を連れて来る者を見つけてまいれ」

 家臣たちは王様の元に一人の年老いた女を連れて行った。

「わたしがその少年を連れて来ます」と老婆は王様に言った。

 老婆は王様の元を立ち去り、ヤギを一頭連れ、突きギリを持って、ポプラの木へと行った。男の子はポプラの木に腰かけ、笛を吹いていた。老婆はポプラの木の根元に立ち、突きギリを取り出し、ヤギを刺して痛めつけ始めた。哀れなヤギは鳴き声を上げた。男の子は老いたヤギを鳴かせているのを見て、大声で言った。

「何をやっているの、おばあさん、どうしてそのヤギを鳴かせているの?」

「殺したいんだけど、わたしには殺せない。お願いだから、下りて来て、わたしのために殺しておくれ」

 男の子は、老婆に邪まな考えがあるとは思いもせず、木を下りた。老婆は魔法をかけ、男の子を眠らせた。王様の家来たちは眠っている男の子を担いで連れて行き、九つのドアの向こうにある脱出不可能な部屋に閉じ込めた。

 男の子は目を覚まし、捕らわれたことを知った。悲しくなって泣きだし、自分の笛を吹きたくなった。しかし、彼の笛はポプラの木の上に置き去りにされていた。男の子は窓辺に座り、呼びかけた。

「ハシボソガラスさん、ハシボソガラスさん、どこへ飛んで行くの、どこへ急いで行くの?優しいハシボソガラスさん、どうか野原に行って下さい、そこにはポプラの木があって、その木の上にぼくの笛があるんだ。だからその笛をここに持って来て下さい!」

「わたしが死肉を食べていると、あんたは石を投げたのよ、もう覚えていないの?」とハシボソガラスは返事し、飛んで行ってしまった。男の子はハシボソガラスのあとを目で追い、そして涙がこぼれ落ちた。

 スズメが飛んで来た。

「スズメさん、スズメさん、優しいスズメさん、お願いします、野原のポプラの木の上に笛があるので、ぼくに持って来て下さい!」

「あんたは罠を仕掛けて、わたしたちの巣を壊したでしょ?!絶対に絶対に持って来てやるもんか、他の誰かに頼みなさいよ」とスズメは言って、去ってしまった。男の子はスズメのあとも目で追い、そして涙がこぼれ落ちた。

 最後に男の子はツバメに呼びかけ、泣きついた。

「どこへ飛んで行くの、ツバメさん、どこへ急いで行くの?野原にポプラの木がよく育っていて、冷たい泉も湧き出ているんだって。蝶も飛んでいて、きれいな羽を広げているんだって。小鳥たちもやって来て、花がたくさん咲いているんだって。ツィカラもそこへやって来るんだよ、ねぇ、見に行って下さい、慈悲深いツバメさん!笛もそこにあるけど、ぼくが吹けないんで朽ち果てるだろう。だから飛んで行って、笛をここに持って来て下さい。お願い、美しい翼のツバメさん!」

 ツバメは飛んで行って、笛を持って来てくれた。男の子は困った時用の笛を吹いた。吹いて、泣けてきた。ツィカラは笛の音を耳にするとすぐに男の子の元へ急いだ。激高したツィカラは九つのドアの向こうにある部屋を目指して角を突き立てて突進し、ドアを壊していった。八つのドアをぶち破ったが、九つ目のドアを破ろうとした時、1本の角が折れた。ツィカラは悲しくなったが、友達が捕らわれていることに比べれば、自分の角なんてたいしたことではなかった。神様に角をお願いした。突然一匹のネズミが飛び出して来て、ツィカラに言った。

「きみに角をつけてあげたら、何をわたしにくれる?きみの体をわたしに食べさせてくれるの?」

「きみに食べさせるよ」とツィカラは言った。

 ネズミは角をすっかり元通りにしてくれた。ツィカラは突進し、九つ目のドアも壊した。ツィカラは男の子の元に駆けつけ、男の子を背中に乗せ、ポプラの木へと急いで行った。ツィカラは男の子をポプラの木に座らせ、自分は野原へ戻った。

 しばらくの間、男の子はポプラの木に腰かけ、楽しい時用の笛を吹き、くつろいでいた。しかし、突然ツィカラは何者かに呼び出され、会いに出かけた。男の子が困った時用の笛を吹けどもツィカラは現れなかった。ツィカラに何があったのか、男の子は探しに行った。あちこち探し回り、ついに野原のはずれで死体を見つけた。男の子はツィカラを埋め、泣いた。心が張り裂けるほど泣いた。草だって男の子を憐れんで泣き、もはやそよがなかった。蝶たちはもはや飛ばず、涙を流した。

「ああ、ぼくのツィカラ、きみなしでこれからどうやって生きていけばいいんだ!」と男の子は泣き叫んだ。

 この時どこからか、あのネズミがやって来た。ツィカラの角を元通りにしてやったお返しにツィカラの死体を食べに来たようだ。男の子があまりにも哀れに泣いているのを見て、言った。

「ツィカラを生き返らせたら、何をわたしにくれる?きみの体をわたしに食べさせてくれるの?」

「本当にぼくのツィカラを生き返らせてくれたら、きみに食べさせるよ」と男の子は言った。

 ネズミは走りまわって、あちこちから何かの草を集め、走って戻って来た。そして、草でツィカラの体を拭いて生き返らせた。男の子はツィカラをしっかりと抱きしめ、優しく撫ぜ、目にキスをした。ツィカラも男の子に口を押し当て、舐めた。

「もう充分でしょう!」とネズミは男の子に言った。「わたしはとてもお腹が空いているの。きみに死んでもらう時間です」

 ネズミは毒草を抜きに走って行き、草を持って来て、男の子に渡した。男の子にそんなことをさせるなんて、ツィカラには耐えられなかった。だって男の子が約束を果たしたら、自分のために死ぬことになるんだ!

 男の子が草を触ろうとしたその時、ネズミは言った。

「死ななくていいです。きみたちのような友情をわたしはこれまで見たことがありません!永遠に生きなさい!」

 ネズミが消えた時、男の子は呆然としていた。

 ツィカラは喜び、自分の友達を背中に乗せ、笛を持って、嫉妬に駆られた羊飼いも魔女の老婆も来ない所へ急いだ。男の子をポプラの木の上に座らせ、笛を渡し、自分は野原へと行ってしまった。

 男の子は今もそのポプラの木に腰かけ、楽しい時用の笛を吹いて自分自身も楽しみ、国中にも楽しさを与えている。ツィカラを見かけたら、それは男の子が困った時用の笛を吹いて、ツィカラが急いで男の子の元へ駆けつけているってことだ。

 

/グルジア語から

 

 

二人の友達   グルジアの民話から

 

 あったことか、なかったことか。神のより良き思し召しだったのだろうか。二人の男がいた。一人はティニヒデリで、もう一人はヒディスタヴェリである。二人は親しい友人だった。しかし金に関しては反対の立場を演じていた。ヒディスタヴェリは金を貸した相手を墓の門まで追って行くような男で、誰かが5コペイカぽっちを借りようものなら、まるで1000ルーブル貸したかのように執拗に催促した。ティニヒデリはお椀1杯分の豆を借りても返すのを引き延ばすような男で、飲食でもてなして、ずっと返済を免れていた。

 ある日ティニヒデリは友人であるヒディスタヴェリから20コペイカを借り、3日後に返済すると約束した。

 3日後、ヒディスタヴェリは金を返してもらうためにやって来た。ティニヒデリは友人を家の中に招き入れ、ニワトリを屠(ほふ)り、ワイン1瓶を飲ませたが、返済については拒否した。

「約束を果たせなくて申し訳ない。1か月後に来てくれ、間違いなく返すから」

 1か月後、ヒディスタヴェリは金を返してもらうために再度訪れ、20コペイカの返済を求めた。ティニヒデリはまたニワトリを屠(ほふ)り、ワイン1瓶を飲ませ、詫びた。

「もう1か月待ってくれ、絶対に返すから」

 1か月経ったが、ティニヒデリはまたもニワトリを屠(ほふ)ってごちそうしたものの、借金はこの時もまた返さなかった。

 引き続き1か月が過ぎた。ヒディスタヴェリは貸した金の事を忘れていなかった。ティニヒデリもいつものように返済を引き延ばし、飲食でもてなした。最後には何もかも無くなってしまった。ニワトリもワインも全く残っていなかった。ティニヒデリは妻に言った。

「おれが生きている間は、親友のヒディスタヴェリは20コペイカの返済を求めるだろうさ。だから、こうしよう。棺桶を買って、約束の日に彼がやって来たら、おれは棺桶に入るから、おまえは喪服を着て泣きながら彼に会うんだ。うまくいくさ、おれが生きていなければ、この借金はチャラだ」

 夫の考えに妻も従うことにした。棺桶を買い、ティニヒデリは手を組んで棺桶の中に横たわった。少ししてからヒディスタヴェリがやって来た。ティニヒデリの妻は大急ぎで喪服に着替え、髪をかき乱し、顔を引っ掻いて、涙を流して泣き叫んだ。しかしヒディスタヴェリが自分の20コペイカを諦めるなんてありえない。ティニヒデリが死んだと聞くとすぐに喚きだした。「あぁ、おれの20コペイカ!」と棺桶にすがりつき「おれも中に入って、おれの20コペイカと一緒に埋まらなくっちゃ」と言った。

 司祭が来て、棺桶の中に横たわっているティニヒデリの葬儀が執り行われ、古びた教会に葬られた。ヒディスタヴェリはまだ親友を安心させなかった。「おれも彼と共に夜を過ごさなくては」と言い張って、棺桶の隣に横になった。

 真夜中に外から何か怪しい音が聞こえた。ヒディスタヴェリは悪魔がいるんじゃないかと怖くなって震えあがり、イコンの裏に隠れた。少ししてから三人の男がお金を詰め込んだ袋を携えて教会に入って来た。なんてことだ、どうやら彼らは泥棒だった。大金を盗み、それを分けるために教会に入って来たのだ。

 三人は蝋燭に火を灯し、お金を床の上にばら撒いて、一握りずつ分け始めた。一握りは一人目に、もう一握りは二人目に、3回目の一握りは三人目に、といった具合に分けた。最後には一握りが残り、「どうやって分けようか?」と公正を期するために話し合った。一人が言った。「この棺桶から死体を取り出して、死体の真ん中を短剣でひと突きして、そこに金を埋め込もうぜ」

 皆がこの考えに賛成して、短剣を抜き、棺桶をひっくり返そうとしたその時、ティニヒデリは棺桶を揺らして、大声で言った。

「おい、死体ども、手伝ってくれ。教会に泥棒が入って来たから捕まえようぜ!」

 イコンの裏に隠れていたヒディスタヴェリは、親友の声だと気が付いて、言った。

「泥棒の手をしっかり握って離すな、おれたちもすぐにおまえの手助けをするぞ!」

 泥棒たちは恐れおののき、大急ぎで教会から転がり出て、後ろを振り返ることなく逃げた。親友たちはお金を拾い集めた。そしてヒディスタヴェリは借金の事を思い出し、ティニヒデリに言った。「おまえは今、金を手に入れたよな。だからおれの20コペイカを返せよ」ティニヒデリはまた返済の引き延ばしをし始めて、二人は口喧嘩になった。双方一歩も譲らない。

 震えあがった泥棒たちは冷静になり、本当に死体が生き返ったのか、確認するために仲間の一人を見に行かせた。

 ヒディスタヴェリとティニヒデリが20コペイカを巡って言い争いをしている、まさにその時、泥棒は教会のそばにやって来て窓から覗いた。ティニヒデリが返済することを承諾し、帽子を脱ぎ、友人に言った。

「あの20コペイカのカタにこの帽子を持って行ってくれ、そして借金のことはこれでおしまいだ」

 泥棒は仲間のところへ走って戻り、震える声で見たことを話した。

「おい、急いでここから逃げよう。たくさんの死体が生き返って墓から出て来るぞ。奴らはおれたちの金から20コペイカたりとも懐に入れず、ひとりにおれが置き忘れた帽子を20コペイカの代わりに渡していた。その後他の奴らに何をやってやるんだか、何をくれてやるんだか、おれは知らないけど。すぐに逃げよう、さもないと奴らがここにやって来て、この金も取り上げてしまうぞ」

 

/グルジア語から

 

注釈

コペイカ  ロシア・ソ連の貨幣単位  100コペイカ=1ルーブル


 

キツネとタヒバリ   グルジアの民話から

 

お腹をすかせたキツネが死肉を見つけ、十分に食欲を満たした。しかし消化が悪く胃がもたれて、タヒバリに助けを求めた。

「ご近所さん、消化をよくしてくれたら、誓って、あなたのヒナに一生近づきません!」

「いいですよ」とタヒバリは言った。「私は飛びますから、あなたは後ろからついて来て下さい」

 タヒバリは飛び、キツネに後ろを追いかけさせた。野原を走らせ、茂みの上を跳び越えさせ、水の中を歩かせた。キツネは脇腹が痛くなるほどたくさん動き回った。

「ねっ、消化したでしょう?」とタヒバリは尋ねた。

「すっきりしました」とキツネは答えた。「だけど、今度は大笑いしたくなりました。ひとつ、私を心から笑わせて下さい。そしたら、あなたのお孫さんたちも傷つけませんよ」

「いいですよ。私について来て下さい。あなたを笑わせることなんて容易いことです」とタヒバリは言った。

 タヒバリは穀物置き場へキツネを連れて行き、積んであった穀物の中にキツネを隠した。それから自分自身は飛んで行って、雄牛の角の上に留まった。お百姓は枝をタヒバリに向けて振り回したが、枝は真っ直ぐ飛んで雄牛の角に当たり、枝は折れた。

 見ていたキツネは笑って、笑って、死ぬほど笑った。

 それから、タヒバリはヨーグルトの入った鉢の上に留まった。石が飛んで来たが、タヒバリが避けると、石は鉢に当たって、鉢が割れ、ヨーグルトは床に溢れた。

見ていたキツネは笑って、笑って、死ぬほど笑った。

3度目には、タヒバリは子供の頭の上に留まった。子供はタヒバリを払い除けようと枝を振り回したが、枝で自分の頭を叩いて泣き出した。

見ていたキツネは笑って、笑って、死ぬほど笑った。

タヒバリはキツネのもとへ飛んで行って、尋ねた。

「よい見世物をお見せしたでしょう?」

 この時キツネはまたお腹が空いてきて、タヒバリを捕まえて食べようと跳びかかった。タヒバリは飛び上がり、キツネの頭の上に載っていた穀物にとまって、言った。

「もうひとつ見世物をお見せしなくてはいけません」

 お百姓がタヒバリに忍び寄り、大きな枝を振りかざした。タヒバリがその枝から身を翻すと、枝はキツネの頭のど真ん中に当たり、頭を真っ二つに割った。タヒバリは飛び上がり、自分の巣へと飛び、キツネに向かって叫んだ。

「あなたが自信たっぷりに約束した通りになりましたね!」

 

訳/グルジア語から


 

正直    グルジアの民話から

 

 あったことか、なかったことか。さて、友情より大事なことは何だろう。この国にこんな二人がいた。羊飼いと商人は友人同士だった。羊飼いは村に住み、数え切れないほどたくさんのヒツジを飼っていた。一方、商人は町に住み、数え切れないほどのお金を持っていて名士だった。お互いに相手をとても気に入っていて、大いに尊敬し合っていたが、ただ一点についてだけは意見が違った。一度も嘘を言ったことがない人間が、この国にいるのかどうか、議論の的だった。

「そんな人間なんていないよ」と商人が言った。「だって、この国で正直に暮すなんて、誰にもできないよ」

「そうかなあ、いるかも知れないよ」と羊飼いは言い張った。

 ある時、二人が会って食事をとっている時に、またこの話題になった。

「きみが何と言おうと、生まれてから一度も嘘を言ったことがない人間がこの国にいるなんて、ぼくは信じないよ」と商人はまた主張した。

「でもね、ぼくのところには決して嘘を言わない牧童がいるんだ」と羊飼いは言った。

 それでも商人はいないと信じ、羊飼いはいると確信していた。結局は意見が一致せず、賭けをすることになった。一度も嘘をついたことがない人間が、この国にいるのか、羊飼いのこの牧童が一度も嘘を言ったことがない人間なのか、あるいはほかに誰か嘘を言ったことがない人間がいるのか。いれば、商人は全商品を羊飼いに渡さなければならない。いなければ、反対に羊飼いがヒツジを全て商人に渡さねばならない、という賭けだった。

この賭けに双方合意して、それぞれ自分の仕事をするために別れた。

羊飼いはヒツジを毎年、夏にはトリアレティの山で、冬にはキズラリの牧場で飼う。それで、1か月に2、3回家畜の様子を見に行き、行った時には牧童に会った。

「やぁ、ご苦労さん!元気でやってるかい?ぼくのヒツジたちや愛しいヤギ君はどうしてるかな?」

「ごきげんよう、旦那さま」と牧童は答えた。「ぼくも達者にやっていますし、ヒツジたちとヤギも達者です」

 家畜の群れを先導するヤギは、本当に美しい姿をしていた。互いに絡み合っている左右の大きな角、賢そうな目、大司祭のようなあごひげ。厳かな足取りで歩くさまは、姿かたちの美しさに加えて魅力と上品さを備えていた。牧童もそう思って、いつも大切にしていた。

 賭けをしてからしばらくして、商人は旅の食料を用意し、しこたまワインを買って、二人の居酒屋の主人と共に牧童に会いに山へ出かけた。彼はまだ牧童の誠実さを信じていず、試そうと思ったのだった。

 牧童は自分の主人の友人の訪問をとても喜び、素晴らしいもてなしをした。つまり、太ったヒツジを屠(ほふ)り、チョバンカウルマを作った、ということだ。客たちもまた、自分たちが携えた食料を取り出し、泉のほとりの木陰にテーブルクロスを広げ、食卓を調えた。商人は牧童にワインを飲ませ、牧童が十分に酔っぱらったのを見計らって、言った。

「家畜の中で群れを先導するヤギを飼っているのなら、ぼくに食べさせてくれよ。そしたら、ぼくはきみを尊敬する」

「いいえ、そんなことはできませんよ」と牧童は手を振った。「ぼくの旦那様はそのヤギを群れの中で一番大切にしています。そんなこと、とんでもありません!」

「きみのご主人さまには『オオカミにさらわれました』って言えばいいんだよ」と商人はそそのかした。

 牧童はきっぱり断ったが、商人は全く意に介さず、またワインを飲ませて、もっと酔わせた。商人は諭したり、執拗に頼んだり、酔っぱらわせたりして牧童をたぶらかし、ついに牧童は混乱して、主人のお気に入りのヤギを屠(ほふ)ってしまった。

 商人と彼の仲間たちは、その夜は泊まって、翌朝早くに起き、朝食をとり、もう一度牧童に「きみのご主人さまには決して真実を話さず、『オオカミがヤギをさらって行きました』と言いなさい」と言い含め、大喜びで町へ戻って行った。

 酒の酔いが醒めた牧童は自分の過ちに気付き、よくよく考えた。「旦那さまがやって来て、『ぼくのヤギはどうしてるかな?』と尋ねたら、なんて言えばいいのだろう」

 牧童はよくよく考えてから、野原へ行って、羊飼い用の杖を地面に突き刺し、自分の羊飼い用のフェルトのコートを掛けて、帽子も被らせ、自分自身は想像の中で主人になって演じてみることにした。その場から一旦離れて、杖のそばに戻って来て、挨拶する。

「やぁ、ご苦労さん!元気でやってるかい?ぼくのヒツジやヤギはどうしてるかな?」

「ごきげんよう、旦那さま」と牧童は杖の代わりに言った。「ぼくは達者ですし、ヒツジも達者です。しかし、ヤギは夕べオオカミにさらわれました」

 牧童はこんなことを何度も繰り返したが、嘘をつくことは辛いし、馴染まなかった。かといって、やったこと全てを告白するなんて、恥ずかしさで顔が赤くなった。が、やはり本当のことを言おうと決心し、自分の主人がやって来るのをいつものように誠実な心で待っていた。

 じきに主人の羊飼いがやって来て、いつものように挨拶した。

「やぁ、ご苦労さん!元気でやってるかい?ぼくのヒツジとヤギはどうしてるかな?」

「ごきげんよう、旦那さま」と牧童は返事を返した。「ぼくは達者ですし、ヒツジも達者です。しかし、旦那さまのお気に入りのヤギはもういないんです。夕べ、旦那さまのお友達の商人が二人のお供を連れていらっしゃいました。ぼくはちゃんともてなし、彼らはぼくにワインを飲ませて酔わせ、騙しました。旦那さまのお気に入りのヤギをぼくに屠(ほふ)らせたんです。その上、オオカミがヤギをさらったとぼくが嘘をつくよう、そそのかしました。しかし、ぼくはこれまでの人生で嘘をついたことがありませんし、これからだって嘘をつくことはできません。夕べ、ぼくはそんなとんでもないことをしでかしました。さあ、旦那さまの望みのままにぼくを罰して下さい。全てぼくが悪いんです」

 羊飼いにとってヤギが殺されたことはとても辛かったが、事実を知って、怒ることができなかった。

「反対に感謝するよ」と羊飼いは言った。「家畜の群れを先導するヤギは、ほかのが育つだろう。きみの正直さはぼくが思っていた以上だ。それに莫大な賭けにぼくを勝たせてくれた。お礼として、ぼくのヒツジの群れは今日からきみのものだ」

 羊飼いは牧童にずっと正直に暮すようにと告げ、町へと急いだ。そして友人の商人の家へ行って、面と向かってきっぱり言った。

「『この国で嘘をつかない人間なんていない』と、今でもきみは言うのかい?ぼくの牧童は何もかも詳しく話してくれた。きみが彼をどうやって酔わせ、どうやってぼくの気に入りのヤギを殺させたか、その後ぼくに『オオカミがヤギをさらった』と嘘をつくよう、そそのかしたかを。彼は嘘をつけないと考えた。その行いで、彼だって豊かになった。正直に話してくれたので、ぼくのヒツジを全て彼にやったよ。その上賭けにもぼくを勝たせてくれた。さあ、約束通りきみの商品を全てぼくに渡してくれ。そして、覚えておけ!正直に暮すことは嘘偽りで暮らすよりいいってことを」

 

悪しき事はあっち、良き事はこっち

もみ殻はあっち、粉はこっち

 

/グルジア語から

 

注釈:

トリアレティ    グルジア南部に位置する   

キズラリ      アゼルバイジャン近くに位置する平原

チョバンカウルマ  ラム(子羊)肉と野菜の炒め物

 

 

 墓地      ノダル・ドゥンバゼ                

 

「こんにちは!」

「誰だ?」と僕は尋ね、いつの間にかこっちにやって来た背の高い男を墓の前から見上げた。

「僕かい?・・・僕はヴァノ。この辺に住んでいるんだ」と男は言い、玄武岩の上に腰をおろし、胸のポケットからタバコを取り出した。「バゲビに住んでいる」

「タバコを1本もらえないか?」

「プリマだけど・・・」

「いいよ」ヴァノは僕にタバコをくれ、マッチも擦ってくれた。炎が少しの間彼の顔を照らした。とても悲しい目をしていて、まっすぐ鼻筋が通っていた。50歳、55歳、もしかしたらもっと若いかもしれないが、顎髭は剃っていなかった。

 火が消えないように両手でマッチを覆い、僕にくっつくように近づいて火をつけてくれた。火は捕まえられた蛍のように彼の大きな手の隙間からちらちら見えていた。

「ここで何をしているんだ?」と僕は尋ねた。

「僕かい?ここら辺の者だって、言っただろう」と彼は答え、タバコに火をつけた。

「そうだね・・・」

「さっき、君に挨拶したよね・・・」

「君に神様の祝福がありますように!」と僕は言い、詫びの印としてヴァノの膝を手で触れた。

「君のお墓は誰のなの?」とヴァノは僕に尋ね、墓石を見ていた。

「子供だよ!」

 ヴァノは咳き込んだ。「辛いか?」と咳が治まってから彼は尋ねた。

「・・・」

「申し訳ない・・・」ヴァノはバツが悪そうに笑い、「それは一番辛いことだな・・・僕がキジクの妻の兄弟の家へ行って戻ってきたら、不幸があってお葬式だと言われて・・・」僕は何も答えず、ただ頭を振った。「考えすぎるのはよくないよ。以前ここに村があったが、今は墓地だ。ほら、この場所に僕の家の庭があったんだ!向こう側へ村が丸ごと移ったんだ」とヴァノは言い、山の裾野に広がる村を見た。「僕たちは逃げていて、ここの悪魔が僕たちを追いかけて来るんだ・・・」ヴァノは今度は墓地を見た。「何処へ逃げることができるんだ?!」と最後に言った。

「何処にも逃げることはできない!」と僕は答え、新しいタバコをもらった。

「生まれた日と亡くなった日と父親の名前が墓石になぜ書かれていないんだ?」と長い沈黙の後、ヴァノは僕に尋ねた。

「僕にとって、そんなことは意味がないんだ」

「他の人にとっては?」

「ましてや他の人にとっては」

 ヴァノは考え込んで、そして頭を掻いた。

「それもそうだな・・・それで、お子さんはいくつだったんだ?」

「5歳だ」

「神様はいないのか?!」ヴァノは膝を手で叩いた。

「さぁね」墓の前に座っていた僕は立ち上がり、土を払い落した。

「夜になったら、怖くないか?」とヴァノは突然僕に尋ねた。

「何が怖いんだ?」

「それはだね、何と言うか、墓地だよ。墓は死んだ人の魂だとか、亡霊だとか、幻だって言うじゃないか。それに、いろいろと強盗やら悪人やらが夜に墓場に通うとか・・・」

「これ以上僕に悪いことが起こるものか!」

「それもそうだな」とヴァノは少しの間沈黙してから言った。

「さよなら」と僕は別れを告げ、小さな鉄の門を閉めた。

「神様は安寧にお渡りになり、慰めを君にお与えになりますように」ヴァノはそう言って立ち上がった。

「ありがとう」と僕は言って、去った。僕は少し歩いて、後ろを振り返った。ヴァノはまた僕の子供の墓の前に立っていた。暗闇の中でその姿は黒い大理石の彫像みたいだった。まさしく墓の彫像そのものだった・・・僕の人生で初めて墓地がとても恐ろしく思えた。

 

 先祖の墓のある、すでに打ち捨てられたも同然のヴェラ霊園はひっそりとしていた。森はざわめき、そこにはただ草が生い茂った墓があり、そこここに黒白の大理石の墓石が美しく置かれていた。僕と従兄弟のズラビとヴァフタンギが子供の頃、日曜日になるといつも叔母のニナと一緒にニナの母親の墓へ行ったのだが、僕たちには、とにかくそこは墓地というより天国の庭のように思えていた。

 ニナが母親の墓の前で悲しんで頭を垂れて座っている間、僕たちは泥棒ごっこやかくれんぼや鬼ごっこをして遊んだり、忘れ去られた墓の青々と茂るツタの中に隠れている小鳥の巣を探して、おとぎ話の籠のようにぽつぽつと斑点のある卵を籠いっぱいに集めた。そして白パンと冷めたカツレツを食欲旺盛に食べ、天使のように美しく緑色の目をした叔母をたくさんの難解な質問で困らせた。

「ニナ叔母さん、どうして小鳥の卵はぽつぽつの斑点があるの?」

「それはね、それはね、ひな鳥がまだらの羽で綺麗になるように、なの」

「お母さん、どうしてお祖母ちゃんは死んじゃったの?」とヴァフタンギはニナに尋ねた。

「あのね、お祖母ちゃんは死んでいないのよ。お祖母ちゃんはとても年をとって疲れて、私たちの所から去って行ったの・・・」

「お母さんもとても年をとって疲れたら、僕たちの所から去って行くの?」とズラビがニナに尋ねた。

「去って行くわ・・・たぶん、去って行くわね」

「その時は僕たちも一緒に行くよ」とヴァフタンギが言った。

「駄目よ。あなた達は私のお墓を守らなければならないのよ」と叔母は悲しそうに答えた。

「嫌だよ、行くよ!」と従兄弟たちは強情に繰り返した。叔母は子供二人の口を手で塞ぎ、また遊びに行かせた。

 僕たちはこの静かな墓地で遊んで、太陽が沈む頃ようやく家へ帰った。

 このように墓地は子供時代には夢のような穏やかさと美しさを伴って僕の生活に入り込んでいた。

 その何年か後に叔母はとても若くして僕たちのもとから去った。そのまた何年か後に叔母の子供たちも不気味な強情さで約束を果たすかのように亡くなり、僕は墓地に恐ろしいほどの憎しみを抱いた。もはや3人の墓のひとつにも参らなかったほどだ。

 その後僕が自分の子供の墓を手に入れた時、思いがけず、そして驚くべきことに子供時代に抱いていた穏やかさと美しさを伴った墓地が再び僕に蘇った。

 

「我々は工業化へ転換致しました・・・」とこの墓地の管理人は僕に言った。「大きくて重要な事業です。今日の墓地はもはや過去の墓地と同じではありません・・・年月は墓地にすでに完全な電化と土地改良を施しています。現在我々は恒常的なガスについて考えており、永久不滅に火が灯っているよう、パイプはすでに設置したことを申し上げましょう。開発にあと2ヘクタール残すのみです。需要はご存知の通りです・・・」

「ほら、ここをお願いします」と僕は管理人の話を遮って言った。

「ここですか?・・この場所はすでに契約済みですが、あなたの為に何とかしましょう・・・」と管理人はしばし躊躇ってから言った。「ここはいい場所ですね。素晴らしい空気と眺めだ。こっちはムツヘタ、あっちはトビリシ・・・お隣さんもとても立派です。ここにヘタグリ教授眠る、ここにジャンジガヴァ アカデミー会員、ここにタタラシュヴィリ医師、ここにグラリゼ共和国教育功労者、ここに・・・なんてこった、ふてぶてしいマフィアのチケテラだ。しかしマフィアたちはすぐに他の場所へ改葬するとチケテラに約束していましたよ。ところでマフィアたちはキエフから連れて来たこのラブラドール犬も埋葬しました・・・さて、どんな石にしますか?」

「御影石で・・・」

「職人に騙されないようにして下さい。遺族からぼったくりますからね。悲しんでいる人はいいカモになるって言っていますよ」

「ここにします!」と僕は言った。

「分かりました!」

「じゃあ、よろしく」

「ごきげんよう。お悔やみ申し上げます。あなたは故人とはどういったご関係ですか?」

「僕は父親です」管理人は尋ねた自分自身を恥じた。

「すみません。何だか余計なことを申し上げました」と管理人はとても動揺して言った。

「万事よろしくお願いします」

「かしこまりました。失礼します」

「さよなら」

 

 僕は2年間ずっと塞ぎ込んでいた。3年目に墓地へ出かけた。朝早く6時に出かけた。墓地は静かで涼しく、森は陽気にざわめき、鳥はさえずり、大理石の墓碑がたくさんあった。

 石でできた腰から上の彫像は、森に隠れて怯えている避難民のように木々の下から、そして茂みから見つめていた。

 僕は長い間僕の子供の墓の前に座っていた。遠くからハンマーとドリルで石を削っている音が聞こえていた。僕は立ち上がり、まるで引っ張られるようにその音がする方へ行った。行って、僕がそこで見たものは、言葉にすることが全くできないものだった。

「こんにちは、ヴァノ!」

「誰だ?」ヴァノは上の方から僕を見た。

「僕が分からない?」ヴァノは僕を見つめて、僕が誰だか思い出した。

「君が塞ぎ込んでいるって、聞いていたよ」

「塞ぎ込んでなんか、いなかったよ」

 ヴァノはハンマーとドリルを彫像の台座に置き、服の裾から石の屑を払い落し、椅子に座った。

 台座から胸像が彫り出されていた。これは墓碑だった。いや、墓碑でもないし、肖像でもないし、薄浮彫でもないし、高浮彫でもないし、何ものでもなかった。これは何ものでもなく、それら全て一緒のもので、平べったい御影石に彫って人間を表現したもので、あらゆる種類の形体の、容量の、奥行きの、輪郭の、体の筋の外観だった。これは何らかの芸術と対極にあるもので、そこから1000世紀昔から見ている、何らかの原始的な作品で、何らかの名前のないもの・・・その上、これは偶像で、自然の解明されていない秘密として驚異的で、原始人の手で石に彫られた神だと僕は思う。偶像だが、誰なんだ?

「ここで何を作っているんだ、ヴァノ?」と僕は尋ね、彼の隣に座った。ヴァノは胸のポケットからプリマを取り出し、僕にもくれて、火をつけ、とても深く吸い込み、そしてようやく僕に返事をした。

「僕が作っているものが見えないの?」

「それは何だい、ヴァノ?」

 ヴァノはまた黙り込んだ。プリマを最後まで吸って、ようやく僕に返事をした。

「息子だ、僕の」

 僕の体の中でぞっとするものが駆け巡り、こめかみの上で髪の毛が逆立つのを感じた。

「えっ?」

「去年のこの時期に・・・酔っぱらってクサニ砦の堡塁に登って足を滑らせて落ちたんだ・・・『鷲みたいに腕を羽ばたかせながら落ちて来た』と男の子たちが言っていた・・・『ヘーイ、ヘーイ・・・』と叫んでいたって。なんということだ、わが子よ・・・」とヴァノは下から偶像を見上げた。

「それは何だい、ヴァノ?」と僕は再度尋ね、そして再度悪寒が走った。

「君に言っただろう、僕の息子だって」

「君が自分で作ったのか?」

「ちょっとまだできていないんだ、ほら、ここだ」とヴァノは立ち上がって、偶像の胸に手を置いた。

「君は彫像を作ることができるの、ヴァノ?」と僕はとても困惑して尋ねた。

「僕より僕の息子のことを誰が知っているんだ?」とヴァノは驚いて僕を見た。

「それはそうだね。だけど、それでもやはり彫像を作るには知識が必要だろ。それは君の息子に似ていないでしょ」

「似ていないと誰が言ったんだ。じゃあ、これは何だ、ほら、息子の美しい黒い目、ほら、息子の弓の形をした眉、ほら、息子の鷲のような首と逞しい腕、広い肩幅。僕が代わってやれるものなら・・・」とヴァノは話しながら、震える手で平らな石に刻まれた目、鼻、のど、肩を愛おしそうに撫ぜた。すると突然、まるで神の手が触れたかのように、石は命が吹き込まれ、動き出した・・・

 18歳の体格のいい、浅黒い男の子が御影石から僕に微笑んだので、僕の心臓は止まりそうになった。ヴァノは黙り、震える手はだらりと垂れ落ち、へし折られた枝のように肩についていた。石はまた不気味な偶像になった。

「君は息子に似ていない、と言ったね・・・他の人もそう言っている。僕は他人の為に作っているんじゃないよ、赤の他人が僕の息子の何を知っているというんだ?」

「君の為に作っているのだから、その碑を家に立てればいいよ、ヴァノ」と僕は気遣いながら言った。

「息子の家は、もうここなんだ!」とヴァノは頑固に言った。

 僕は何も答えることができなかった。僕は立ち上がり、帰ることにした。

「行かないでくれ、一人にしないでくれ、一人ぼっちは辛い・・・」とヴァノは僕に懇願し、目から二粒の大きな涙を落した。

 

 僕が墓地を出た時、すでに暗くなっていた。

 ヴァケ公園の向こう側に屋根のある水泳用プールが作られていた。巨大な御影石の塊が建設現場に転がっていた。クレーンのアームに吊るされたそのうちのひとつは、ゆっくり空中で揺れ、ずっと高く高く持ち上げられた。

 僕は無意識にその塊を見た。

「ヘーイ、ヘーイ!!!」建設現場の高所に立っている鷲のように肩幅の広い若者が叫んで、傍らの巨大なクレーンの骨組みに小さな巣のように収まっている運転席の男に「こっち、こっち」と合図していた。

 僕は不安に駆られてその場所へ走って行った。

「おい、君、何て名前だ?」僕は若者に下から叫んだ。

「何て言ったの、おじさん?」

「下りて来い、下りて来い、落ちるなよ」

「大丈夫だよ、おじさん、僕は落ちないから・・・」

「だけど下りて来い、お母さんの所へ帰るんだ。さぁ、下りて来い!・・・」

 若者は下りることを拒否し、自分の仕事を続けた。

 御影石の塊はゆっくりゆっくり揺れながら、その若者の方へと高い空を泳ぐように向かって行った。

 僕はその場を去ることにし、向きを変えて、急ぎ足で家へ向かった。少しして気になって振り返った。今、昔話のゴリアテのような巨大な御影石の塊は、あの若者の頭上にそびえ立つ2本のアームに抱えられ、建築物の高所の狭間に収まっていた。

 太陽は若者の背後にあり、その光は後光のように若者の頭上に上がった。

 僕は今度は墓地を見た。墓地というよりむしろ、沈みゆく太陽の光に照らされた天国の庭に見え、この天国に自分の墓があることで、僕は何処か心の片隅に不思議な安らぎを感じた。

 

制作年未詳

 

訳/グルジア語から

 

注釈:

バゲビ    トビリシ東部の住宅地

キジク    グルジア南東部にある地名

ムツヘタ   トビリシの北方にある町  

トビリシ   グルジアの首都 グルジア東部に位置する

クサニ砦   グルジア東部ムツヘタ近郊にある16世紀に造られた砦

堡塁     敵の攻撃を防ぐために構築された陣地

ヴァケ公園  トビリシ西部に位置する


 

友情     グルジアの民話から

 

 あったことか、なかったことか。神のより良き思し召しだったのだろうか。ある王国に一人の大胆不敵で正直な男が住んでいた。いつも公正に立ち、必要であれば、自分の意見を王にも言っていた。それ故、王にたいそう憎まれるようになり、男は王に強く抵抗していた。ご存知のように、王というものは真実を愛する者を好まない。そう、この王も男を亡きものにするためにあの手この手をいつも企てていた。男は結局成す術なく、国の裏切り者として牢獄に繋がれた。

 男は牢獄に繋がれるのをよしとせず、壁を壊して逃亡した。森を出て、歩いて歩いて、ある渓谷を深く分け入って見つけた洞窟に住むことにした。疲れ果てて横になって、眠った。

 突然何かの音がして男は目をさました。見ると、入口で1頭の巨大なライオンが唸っていた。男はびっくりして飛び起き、それから恐怖を克服し、「たぶんこれはぼくの運命なんだ」と言って、ライオンに出くわしたことを覚悟した。短剣の柄を握り、立ち上がった。しかし、ライオンは戦いを挑んでこなかった。ゆっくりと足を引きずって近づき、前足を差し出し、助けを求めて虚ろな目で男を見つめていた。

 ライオンが何かに困っているのだと男は気付き、短剣を鞘に納め、ライオンの足を調べた。本当に足の裏に大きな棘が刺さっていて膿んでいた。男は棘を抜き、膿を出して、オオバコの葉を貼り、自分のシャツを裂いて包帯にして巻いた。ライオンは男に感謝して、洞窟の隅に離れて横になった。

 ライオンの足はすぐによくなった。洞窟から出て狩りに行った。夜、1頭の牡鹿を携えて戻って来た。男は火を起こして肉を焼いた。もちろんライオンは生肉さえもおいしそうに食べた。

 ライオンと男はこんなふうに親しくなり、お互いにとても気に入った。その冬、男は洞窟から出ることはなかったが、新鮮な肉に事欠かなかった。

 春、狩人たちはライオンに罠を仕掛けて生け捕りにし、貢物として王に贈った。王は大きな檻を作らせ、その檻にライオンを入れ、客人たちに娯楽として見せた。

 ライオンがもう帰って来なくなったので、男も洞窟を去り、他の王国へ行った。そこで自分のような正直者の家族と出会って結婚し、平和で幸せな生活を始めた。

 5年が過ぎた。王は正直な男の居所を知って、他国の王に大臣を派遣した。

「その男は大悪党で、牢獄から脱走しました。厳しく罰しなければなりませんので私にお返しください」と伝えた。

 同じ穴のムジナという言葉がある。他国の王はすぐにその求めに応じ、警吏に男を捕まえさせ、手かせ足かせをはめて、元の国に送り返した。

 王は手ごわい男を再び手中に収めたので、大いに喜び、男への特別な処罰を決めた。処刑を見るようにと国中の人々を招待し、誰一人としてその招待を拒む者はいなかった。

 人々はやって来た、やって来た。宮殿の庭中が見物人で埋め尽くされ、手かせ足かせをはめられた囚人は引っ立てられ、そして王が登場した。

「ほう、お前は私の手の中にあるのだな」と王は嘲って言った。「『王の力は遠くにまで及び、何処へも逃げられない』ということをお前は知らなかったのか?」

 そして死刑執行人たちに命令した。「手かせ足かせを外せ、そして私のライオンの檻の中へ放り込んでしまえ!」

 死刑執行人たちは男の手かせ足かせを外し、檻の中へ放り込んだ。ライオンは敵意をむき出しにして興奮したが、男を見るや否やすぐにおとなしくなって、ゆっくりと男に近づき、男の足元に頭を低くして座った。見物人も、王の家来も、王も皆驚いた。しかし、ライオンの行動を誰も理解することができなかった。王は囚人たる男を連れて来させて尋ねた。

「ライオンがお前を食べないのは何故なんだ?」

 男はライオンと自分の友情の物語を語った。王はライオンの忠誠を気に入り、二人を解放した。

「ただし、私の国に決して現れるではないぞ」と王は男に言った。

「ぼくはあなたの国の出身だが、もうこれ以上留まることはありません」と男は返事し、ライオンの肩に手をまわした。男とライオンは連れだって旅立った。

 

悪しき事はあっち、良き事はこっち

もみ殻はあっち、粉はこっち

 

訳/グルジア語から

 

 

ノミとアリ     グルジアの民話から

 

 ある時、一匹のノミと一匹のアリが兄弟の契りを交わし、一緒に旅に出た。仲良く歩いて、たくさんの山、たくさんの野原を越え、最後に小川に到着した。ノミはアリに言った。

「ぼくは跳びこえるけれど、きみはどうするの?」

「ぼくも跳びこえるよ」とアリは答えた。

 ノミは跳んでこえた。アリも跳んで、水の真っただ中にドボンと落っこちた。アリは水に流され、もうどうすることもできないと思い、ノミに助けを求めた。

「兄弟、どうか助けてくれ、見殺しにしないでくれ」

 ノミ自身は救助するのに何一つできなかったので、跳んで、跳んで、ブタのところへ行って、助けを求めた。

「ブタさん、剛毛を下さい。ロープに撚って、ぼくの兄弟のアリに投げて引き上げるんだ」

 ブタは興味深くその話を聞いて、言った。

「きみはぼくのためにドングリをもって来たことがないよね?」

ノミはまた跳んで、跳んで、カシのところへ行って、頼んだ。

「カシさん、ドングリを下さい。ドングリをブタさんにもって行って、ブタさんが剛毛をくれて、それをロープに撚って、ぼくの兄弟のアリに投げて引き上げるんだ」

 カシは話を聞いて、大きな枝を揺らして言った。

「きみはぼくのためにハシボソガラスを追っ払ってくれたことがないよね?」

 ノミは跳んで、跳んで、ハシボソガラスのところへ行って、頼んだ。

「ハシボソガラスさん、カシさんにちょっかいを出さないで下さい。カシさんがドングリをくれて、ドングリをブタさんにもって行って、ブタさんが剛毛をくれて、それをロープに撚って、ぼくの兄弟のアリに投げて引き上げるんだ」

 ハシボソガラスは話を聞いて、カァカァ鳴いて言った。

「きみはぼくのためにヒヨコをもって来たことがないよね?」

 ノミは何度も何度も跳んだので疲れたが、それがどうした、友達が死ぬのを諦めることなんてできなかった。また跳んで、跳んで、メンドリのところへ行って、頼んだ。

「メンドリさん、ヒヨコを下さい。ヒヨコをハシボソガラスさんにもって行って、ハシボソガラスさんがカシさんにちょっかいを出すのをやめて、カシさんがドングリをくれて、ドングリをブタさんにもって行って、ブタさんが剛毛をくれて、それをロープに撚って、ぼくの兄弟のアリに投げて引き上げるんだ」

 メンドリはコッコと鳴いて、羽を膨らませて言った。

「あんたはわたしのためにキビをもって来たことがないよね?」

 ノミは困ったが、他に方法がないので、また跳んで、跳んで、穴のところへ行って、頼んだ。

「穴さん、キビを下さい。キビをメンドリさんにもって行って、メンドリさんがヒヨコをくれて、ヒヨコをハシボソガラスさんにもって行って、ハシボソガラスさんがカシさんにちょっかいを出すのをやめて、カシさんがドングリをくれて、ドングリをブタさんにもって行って、ブタさんが剛毛をくれて、それをロープに撚って、ぼくの兄弟のアリに投げて引き上げるんだ」

 穴は大きく口を開けて言った。

「きみはぼくのためにネズミを追っ払ってくれたことがないよね?」

 ノミはもうあまり考えずにすぐに跳んで、跳んで、ネズミのところへ行って、頼んだ。

「ネズミさん、穴に入らないで下さい。穴さんがキビをくれて、キビをメンドリさんにもって行って、メンドリさんがヒヨコをくれて、ヒヨコをハシボソガラスさんにもって行って、ハシボソガラスさんがカシさんにちょっかいを出すのをやめて、カシさんがドングリをくれて、ドングリをブタさんにもって行って、ブタさんが剛毛をくれて、それをロープに撚って、ぼくの兄弟のアリに投げて引き上げるんだ」

 ネズミは口をもぐもぐさせ、目を大きく見開いて、ちゅうちゅう鳴いて言った。

「あんたはわたしのために猫を追っ払ってくれたことがないよね?」

 ノミは跳んで、跳んで、ネコのところへ行って、頼んだ。

「ネコさん、ネズミさんを追いかけないで下さい。ネズミさんが穴に入らないで、穴さんがキビをくれて、キビをメンドリさんにもって行って、メンドリさんがヒヨコをくれて、ヒヨコをハシボソガラスさんにもって行って、ハシボソガラスさんがカシさんにちょっかいを出すのをやめて、カシさんがドングリをくれて、ドングリをブタさんにもって行って、ブタさんが剛毛をくれて、それをロープに撚って、ぼくの兄弟のアリに投げて引き上げるんだ」

 ネコは目を細めて、優雅にひげに手をあて、ニャオと鳴いた。

「あんたはわたしのためにミルクをもって来たことがないわね?」

 ノミはまた機敏に跳んだ。跳んで、跳んで、雌牛のところへ行って、頼んだ。

「雌牛さん、ミルクを下さい。ミルクをネコさんにもって行って、ネコさんがネズミさんを追いかけ回さないで、ネズミさんが穴に入らないで、穴さんがキビをくれて、キビをメンドリさんにもって行って、メンドリさんがヒヨコをくれて、ヒヨコをハシボソガラスさんにもって行って、ハシボソガラスさんがカシさんにちょっかいを出すのをやめて、カシさんがドングリをくれて、ドングリをブタさんにもって行って、ブタさんが剛毛をくれて、それをロープに撚って、ぼくの兄弟のアリに投げて引き上げるんだ」

 雌牛はモゥと唸って、大きな目でノミをじっと見つめ、反芻しながら言った。

「あんたはわたしのために草をもって来たことがないわね?」

 ノミにはもうこれ以上何もできなかった。何度も跳んだので膝を痛め、頭と顔に大汗が流れ、呼吸も苦しくなった。しかしそれでも友達を見殺しにできず、十分すぎるほどの草を刈って、雌牛の前に投げた。

 雌牛は草の若芽を貪欲に食べ、ミルクをくれた。ノミはミルクをネコに持って行き、ネコはネズミを追うのをやめて、ネズミは穴に入るのをやめて、穴はキビをくれて、ノミがキビをメンドリにもって行くと、メンドリは一匹のヒヨコをくれて、ノミはすぐにハシボソガラスのところへ急いでヒヨコをもって行った。ハシボソガラスはカシにちょっかいを出すのをやめて、カシはノミにドングリをくれて、ノミはドングリをブタにもって行った。喜んだブタは首中の剛毛をひっこ抜いてノミに与えた。ノミはそれをロープに撚って急いで小川に投げ、アリを引き上げた。

 

悪しき事はあっち、良き事はこっち

もみ殻はあっち、粉はこっち

 

 

訳/グルジア語から


 

町に鷹がいるはずがない?!

アルチリ・エルゲムリゼの話

                  ノダル・ドゥンバゼ

 

 海の香りがカフェまで漂っていた。空気は重く、しょっぱく、湿っぽかった。僕とアチコは丸テーブルの席に座ってコーヒーを待っている間、コニャックを小さなコップからほんの少し飲んでいた。コーヒーを挽いている復員したアルメニア人は、まるでドラムでブルースのリズムを奏でているみたいに銅の小さな鍋を熱した砂の中で上手にかき混ぜていた。満開の巨大なマグノリアの下に竹で設えたほんのちっぽけなカフェは、海岸でコーヒーを飲もうとやって来るお客に釣り合っていた。アルメニア人はコーヒーを持って来て、僕たちのカップを満たしてくれた。僕は泡が沈まないうちに、コーヒーの芳しい香りを深く吸い込んだ。

「こんなに熱いコーヒーを飲むなんて、お前は錫でできているのか?」とアチコは僕に尋ね、自分のコーヒーには手をつけないで冷ましている。

「バトゥミ以上に旨いコーヒーを淹れるところは無いね」と僕は満足して言った。

「スフミこそ、旨い!」とアチコは言い、カップを口元へ持っていったが、敢えて飲まず、湯気だけたっぷり吸いこんで、幸福感に浸っていた。

 アチコがコーヒーをすすっている間、僕はすでに自分のカップを空にし、コーヒー占い好きの人がいつもやるようにソーサーを被せてひっくり返し、テーブルの上に置いた。

「占い方を知っているのか?」とアチコは僕を見つめた。

「まあね!」

「誰から習ったんだ?」

「近所のリャーリャというのが上手に占うんだ。去年僕がコドリヘ釣りに行く前にうちへやって来て『気をつけて、蛇に出くわすわよ』って・・・」

「川釣りに行く男が蛇に出くわすって、それが占いか?」とアチコは笑った。

「僕は本当に起こった事を話しているんだ!」

「それで?」とアチコは僕に話を続けるよう、促した。

「まず、1メートル半の蛇を水から魚用の網にすくい上げ・・・」

「嘘つけ!」とアチコが僕の話を遮った。

「本当だよ!」

アチコがおどけて口笛を吹いた。

「その後またリャーリャは僕を占って・・・」

「何だって?」

「誰かのお墓で花輪を持って膝まづいている僕が見えるって」

「で?」

「次の朝、本当にグルダが死んでいたんだ・・・」

「そんな馬鹿な!」アチコは驚いてカップを握ったまま身動きしなかった。

「夜、彼女はうちへやって来て、僕にお悔やみを言ったんだ。『私は馬鹿よ。私があなたを占ったのは愚かだったわ』と泣きながら言っていた・・・」

「馬鹿な。単なる偶然の一致さ!」とアチコは言って、考え込んでいた。

「そうかもしれない。だけど、その日からもう彼女は僕を占ってくれないんだ・・・」

「馬鹿な」とアチコは繰り返し、自分のカップをソーサーに被せてひっくり返し、プラスチックのテーブルの上に置いた。僕は何も言わず、再びコニャックをあおった。

「さぁ、俺を占ってくれ」しばらくしてアチコが言い、自分のカップを僕に見せた。僕はカップを取って、中身を覗いた。底全体を覆った沈殿物があり、側面に何か奇妙な形と文字が浮かび上がっていた。

「僕には読めないよ!」と僕は言い、アチコにカップを返した。

「さぁ、やってくれよ!」とアチコは僕を促した。

「悪いカップだな」と僕は言った。

「それで、何が見えるんだ?」アチコは僕に断る余地を与えなかった。

「海が見える、船が見える・・・」

「船長が見えるか?」とアチコが笑った。

「小鳥が見える」

「もしかして、それは飛行機かい?」アチコは再び笑った。

「これが小鳥か、飛行機か、僕には区別がつかないよ」と僕は言って、カップをアチコに返した。

 カフェは針金のフェンスで囲って通りから仕切られていた。突然スズメがこの針金のフェンスの上を飛び跳ねてやって来た。

「チュン!」とスズメは鳴いて、興味深げに僕たち二人を見た。

「ははぁ、丁度小鳥が飛んで来たぞ。次は船長だな」とアチコは冗談を言いだした。

 スズメはしばらく僕たちを見つめて、それから羽ばたきし、フェンスから降下してすぐに僕たちのテーブルの上に降り立った。

「見ろよ、なんて図々しい奴なんだ!」とアチコは呆れた。スズメはパンの小さなかけらをつついていた。小さな小さな足と爪はプラスチックのテーブルの上を滑稽に滑って、とても苦労してやっとパンの一かけらを掴んで、再びフェンスの針金の上へ飛んで行って、今度はパンをくわえたままフェンスから僕たちを眺め、そして翼を広げて、どこかへ飛んで行ってしまった。

「盗人がどうやって盗んだか、見たか?」とアチコが驚いた顔で僕を見た。

「ロシア人は上手く名づけたもんだな。ロシア語でスズメはヴァラベイだろ!」と僕は言った。

「どういうことだ?」

「ヴォーラ ベイ、つまり『盗人を撃て』と・・・」

「さすがは君だな。うまい事言うよ。しかも今作っただろ」とアチコは悪態をついた。

「違うよ。ロシア人が名づけたんだ」と僕は自分が言ったことの正しさを示した。

「スズメって、そんなものさ」とアチコは認めた。「見ろよ、また飛んで来たぞ」と突然アチコは言い、パンのかけらをテーブルの端に載せた。

 スズメは今度はパンに近づかず、針金にとまり、僕たちの気を引くように首を伸ばしてこっちを見ていた。「チュン、チュン」と動き回りながら鳴いていた。

「賭けよう。スズメは俺たちの言葉を知っていて、聞いているぞ!」とアチコは真面目に言った。

「何か余計なことを言うなよ。あいつはトルコのスパイじゃないだろうか?」と僕はアチコに警告し、心の底から笑った。

「冗談を言ってるだろ。スズメが聞いてるぞ」

 スズメがもしも人間みたいな姿をしているのなら、ほんのちょっと頭を傾けて、僕たちの方に耳のひとつも向けていただろう。だけどスズメの何処に耳があるんだ?

「おい、この告げ口野郎!」とアチコは叫んで手を振り上げた。スズメは身動き一つしなかった。

「なぁ、お前は何が欲しいんだ?」とアチコは軽率なスズメに尋ねた。

 スズメは何か答えた。

「そうかい、ほら!」とアチコは急いで自分のカップを土の上に置いた。

「何だって?」と僕は尋ねた。

「『私は人間じゃありませんが、よろしければコーヒーが欲しいです』だって」スズメは針金から地面へ降下し、注意深くカップへ近づいて来た。

「おいで、怖がらないで!」とアチコは促した。スズメはくちばしをカップの中に突っ込み、コーヒーの沈殿物をつつき始めた。

「もういいだろう、脈が速くなるぞ!」とアチコは警告し、カップを取り上げようとして屈んだ。スズメはフェンスの上へ飛んだ。アチコは今度はパン屑を掌に載せ、スズメに手を差し出した。

「さぁ、お食べ!」スズメは少しためらってから翼を広げ、差し出した手の方に降下したが、手に乗らなかった。まず何度か迷いを示し、警戒していませんよと言わんばかりに、何度か飛んで来たり、飛んで行ったり、飛んで来たり、飛んで行ったりした。アチコは身動きしなかった。そしてスズメはついに決心した。スズメはアチコの手の上に飛んで降りて来たが、パン屑をついばむより、まずアチコを見つめていた。その光景を僕もなんとなく眺めていた。アチコの黄色がかった茶色の目いっぱいに満足と感動と愛が満ち溢れた。スズメはこの目を信じ、巨大な掌から静かにパン屑をつつき始めた。そして食べ終わった後再びフェンスの上にとまり、くちばしを膨らませた胸で拭った。僕は息をのんで、この素晴らしいショウを見ていた。誰かが遠くからこの光景を見たなら、スズメが訓練されていて、アチコがそのトレーナーだと思うだろう。

「君が本物のドゥーロフだろ!」と僕は褒め称えた。

「俺はドゥーロフじゃないよ。スズメが俺にやってくれたんだ」とアチコは興奮して言い、今度はパン屑をばら撒いた。「さぁ、どうぞ!」と腕を広げてスズメを招いた。

そして突然、事件が起こった・・・恐ろしい事件が。テーブルの上に巨大な十字架の形をした影が現れ、スズメが消えた・・・消えたのはスズメだ。

「何が起こったんだ!」とアチコは驚いて尋ね、真っ蒼になった。

「鷹だ!」僕は何とか言葉を発した。

「スズメはどうしたんだ?!」再びアチコはひっくり返った声で尋ねた。僕は肩をすくめ、言葉を飲み込んだ。アチコは突然駆け出し、コーヒー屋に向かって言った。

「助けてくれ!」

「どうしたんですか?」

「スズメだ!」

「スズメがどうしたんですか?!」コーヒー屋には理解できなかった。

「鷹が、鷹が俺のスズメをさらったんだ!」

「何を言ってるんですか、町に鷹がいるはずがないじゃないですか?!」とアルメニア人は手を振り、仕事に戻った。

 アチコは今度は僕の方へ走って来た。

「スズメはどうなったんだ?」

「座って落ちついてくれよ!」と僕は頼んだ。

「俺は、スズメはどうなったんだって、聞いているんだぞ?!」

「鷹がさらって行ったんだよ!」

「さらって行ったって?!スズメと君と俺の3人が座って、飲んで、食べて、笑って、そこへ突然鷹がやって来て、スズメをさらって行って、跡形もないって?!」

「そうだよ、アチコ!」と僕は憐れっぽく言った。

 アチコは理性を欠如した目で僕を見ていた。それから座って、頭を抱えた。長い間そうして座っていた。

「もうしょうがないじゃないか!」と僕は言って、アチコの肩の上に手を置いた。彼は突然立ち上がり、無言で去ろうとした。

「何処へ行くんだ?」アチコは何も答えなかった・・・行った、行ってしまった・・・

 ちょっとの間僕は一人で座っていた。しばらくしてコーヒー屋が僕の傍に立った。

「酔っぱらっていたんですか?」と僕に尋ねた。

「誰が?」

「あなたの友達が、ですよ」

「いいえ、僕たちはお酒を飲んでいませんよ。3人で座っていたんです。ほら、僕がここで、彼はそこで、そして・・・」

「誰があそこにいたんですか?」アルメニア人は僕とボトルに疑いの眼差しを向けた。しかし、ボトルのお酒は2本の指分ほども減っていなかった。

「・・・スズメが針金の上にいて、突然鷹が飛んで来たんだ・・・」

「あなた方は何を言っているんですか、町に鷹がいるはずがないじゃないですか?!」とコーヒー屋には全く理解できなかった。

「だけど本当のことなんだ・・・」

「お勘定は10ルーブルです!」とコーヒー屋は僕の話を遮って言った。

 僕は10ルーブルを支払って、立ち上がった。

僕がホテルに戻るとアルチリは自分のベッドに仰向けに寝転がっていた。

 アチコは泣いていた。

 

(制作年未詳)  訳/グルジア語から

 

ノダル・ドゥンバゼについて

1928年7月14日トビリシに生まれ、1984年9月4日トビリシで亡くなった。

トビリシの小学校に入学したが、粛清時代である1937年父親が逮捕され、祖父母の住むグリア地方のチョハタウリ地区ゼノバニ村へ移った。1945年に村の学校を卒業してトビリシへ戻り、トビリシ国立大学経済学部で学んだ。1950年に卒業した後は大学の研究所で助手として働くと同時に創作・執筆活動を行い、1956年から1957年にユーモア小説3作品を出版した。1957年研究所を辞し、執筆に専念した。

 

注釈:

アチコ=アルチリの愛称。男性の名前。

バトゥミ=黒海に臨む港湾都市。商工業都市であるが保養地としても有名。トルコとの国境から20kmの所に位置している。 

スフミ=黒海に臨む。ソビエト時代は屈指の保養地として知られた。

コーヒー=トルコ式コーヒー。水から煮立てて上澄みだけを飲む。飲み終わった後のカップにソーサーを被せてひっくり返し、カップの底に残った沈殿物の状態によって飲んだ者の運勢を占う「コーヒー占い」がある。

コドリ=コドリ渓谷。グルジアの西部に位置する。 

ドゥーロフ=ここではウラジーミル・ドゥーロフ(1863-1934)のこと。サーカスの動物ショウの基礎を作った。 

 

 

バブア       ヌグザル シャタイゼ

 


「急げ、急げ!」とバブアは車の運転手に大声で言い、車の天井をバンバンと叩いた。車内に13人いた。羊10頭、都会の若者2人、そしてバブア。シャティリ村からバリサホ村へ向かう車だ。

 バブアはへヴスリ民族の男だ。キルザのブーツと昔はカーキ色だったが今は色のあせたズボンを穿き、コートを着ている。彼は若者たちにろくに挨拶もせず、乗り込んで一言、不機嫌そうに「こんにちは」と言い、そして車の天井をバンバン叩いた。

 運転手は何も言わなかった。バブアはひどい姿をしている。顔に引っかき傷があり、血の気のない顔色だ。その上「急げ、急げ」と叫んだ。運転手が何を言うべきかって?何も言えないさ!

 ようやくバリサホに到着した。

 車はヒンカリを食べることのできる食堂に停まり、その時バブアも飛び降りた。都会の若者たちが食堂に入ると、彼は既にブーツを脱いでテーブルのそばに座っていた。ブーツはそのすぐそばの壁側に並べてあって、前にはウォッカのボトルと木で作ったコップが置かれていた。彼は注いでは飲み、注いでは飲んでいた。ヒンカリが運ばれると3つ食べ、新しいボトルを開けさせた。

 都会の若者の一人が立ち上がり、自分のビールのボトルを持ってやって来て、バブアの前に座った。バブアはただ単に凝視していた。しばらくそんなふうに見た後、コップにウォッカを注ぎ、若者に差し出した。

「飲め」

若者はウォッカを手に取った。

「あなたに乾杯!」

「あんたにも乾杯」

「お名前は?」

「バブアだ。あんたは?」

「僕はギオです」

「飲め」

若者はウォッカを飲み干し、ボトルからビールをちびりちびり飲み、そして尋ねた。

「どうしてブーツを脱いだんですか?」

バブアはしかめっ面をした。

「喧嘩の時に邪魔になるからだ」

「何に?!」

「喧嘩の時だ」

若者は吹き出し、バブアの肩を軽くたたいた。

「行きましょう、一緒に飲みましょう!」

「駄目だ」

「どうして?」

「喧嘩になる」

「行きましょう、喧嘩になりませんよ」

「なる」

若者は再び笑い、そして立ち上がった。

「分かりました、あなたがそうしたいのなら」と若者は友人のいる席へと去り、座るまでに友人に何やら話した。バブアはウォッカを注いで飲んだ。

 運転手がヒンカリ食堂を覗いた。

「あのぅ、乗りますか?それともここに残りますか?」

「乗ります、乗ります!」

 若者たちが食堂から出て行った時、バブアはちょっと後悔したが、まだ彼らがジンヴァリに着いてもいない頃に、やっぱり喧嘩した。最初は善戦していた。バブアがテーブルをひっくり返し、その広くなった場所でドリルのようにくるくる回った。が、二人のバリサホ村の男たちに他の二人も加勢して、彼らは骨と皮がくっついてしまうほどバブアをぶん殴った。負け犬は食堂から逃げ出して、家のそばまでやって来て、ブーツをはき、谷に降りてニワトコの茂みに横たわり、そこから屋根がひんまがった一軒の家を睨んでいた。

 あたりが暗くなりつつあった。家から子供の泣き声や口やかましい女の罵り声が聞こえた。この女は喚き散らす妻になるまでは、バブアの義姉妹(ツァツァリ)だった。

 

 (2002年の作) 訳/グルジア語から

 

注釈:

シャティリ、バリサホ=東部グルジアのヘヴスレティ地域の村の名前

ヘヴスリ=ヘヴスレティの民族  

ヒンカリ=小龍包もしくは水餃子みたいなものだが、肉まんほどの大きさ

ツァツァリ=「互いに誓い合った兄弟姉妹。性別は反対の最愛の友人だが、結婚は許されていない」という古い習慣。現代においては、段々忘れ去られつつある。こういった義兄弟、義姉妹は、同じようなものが地域によって言葉が違ったりして多く存在していた。おそらく山の民の敵に対抗するシステムだったのだろう。

 


カズベギ山        ヌグザル・シャタイゼ                     

 


「あれは誰?」

「兄のズラだ」

「ズラ?」

「そう」

「どうして連れて来たの?」

「ついて来たんだよ。兄さんなんで断るわけにはいかないだろう?」

ズラが下の方で僕たちを待っているのが見え、彼の足元には緑色の大きく膨らんだリュックサックが置かれ、ロープと2本のピッケルもあった。僕たちはカズベギ山へ行こうとしているところだった。僕の親友はもうすぐ30歳になるので、誕生日をカズベギ山で祝おうと決めていた。それでフランスのシャンパンを1本持って行って、山で飲もうというわけだった。

 ズラは僕より少なくとも10歳は年上のようだが、僕に礼儀正しく挨拶した。 

 僕たちはタクシーを止め、バス停へ向かった。朝だった。10月の素晴らしい晴れた日が明けた。僕たちはリュックサックと登山用装備を「イカルス」の荷物置き場に置いて、乗り込んだ。

 僕はカズベギ山はおろか、カズベギにすら行ったことがなく、少なからず恐怖を感じていたが、登山家でもないのに山に登ろうなんて決心したのだから、決してあきらめはしない。

 僕のこの親友もまた変な奴で、「君が何と言おうが、誕生日をカズベギ山で祝うんだ!絶対!」と言い張った。トビリシでパーティーができないとでも言うのか。

 僕たちは向かっているところだ・・・僕たちの「イカルス」は、坂をがたがた音をたてて上っていた。

 ズラは静かに座って、窓の外を見ている。おそらく彼は経験をつんだ登山家なのだろう。僕はといえば不安で、だんだん落ち着かなくなってきた。一度も簡単な山登りさえしたことがないのに、カズベギ山に登れるのだろうか?いや、どう考えようと、親友なので断るわけにはいかない。これは、喧嘩に加わりたくないが親友の頼みなら加勢しなければならない、ということと同じだ。

 なんだか悪い予感がして、緊張してきた。僕は自分自身を叱り、無理やり気持ちを強く持つ。ズラも今さら僕に合わせないだろう。これまでは、親友も最後の瞬間には考えを変えるだろうと期待していたのだが、今ではもう無理だ。僕は一人で、あっちは二人だし、おまけに兄弟だもんなぁ・・・もし、僕の歯が痛くなったら?あるいは、おなかが痛くなったら?・・・いや、それはよくない。彼らに分かってしまい、僕が恥をかくだろう。あぁ、どうしよう、しょうがない、もうどうにでもなれ!

 今は正午で、僕たちはすでにカズベギにいて、僕はあたりを見回している。

あれっ、氷河はどこだ、どこなんだ、霧が深くて氷河どころか、僕たちのお互いの顔だって見えないぞ。

 僕の心の中に希望が現れる。雨が降ってくるかも知れない。10月だ、もしかしたら雪が降ることさえあるかも知れない。あぁ、大雪が降ってきてくれたらなぁ!

 ズラは、食堂へ入ろうと僕たちに言った。

「ここには旨いヒンカリがあるんだ」

 僕たちはロープとピッケルをごちゃごちゃに積んで、背負って入って行った。売り子は驚いた顔で僕たちを見ている。掃除婦は手で口を覆う。僕たちはリュックサックをおろして、テーブルについた。広いガラス窓から霧に包まれた小さな村が見え、道を牛の群れがやってきた。

 ウェイターが来ると、ズラはヒンカリ30個とビール3本を注文した。

「どうして30個なんだ、兄さん、多すぎるよ?!」と親友が言った。「僕たちは、明日、頂上に登るんだよ!」

ウェイターはにっこり笑って言った。

「何ですって、何の頂上ですか?とっくにシーズンは終わっていますよ」

「僕は3つ以上食べないよ」と親友は頑として言った。

「そうだね」とズラは静かに言った。

「じゃあ、ヒンカリ23個とビール2本だ」

「ビール3本だ」と僕の親友。

「よし、3本だ」

 ウェイターが去った。

 僕とズラはお互いに見合った。親友は落ち着かない様子で椅子に座っていた。

 僕はポケットから煙草の箱を取り出し、マッチと一緒にテーブルの上に置いた。

「吸うな」とズラは私に注意した。

「いいじゃないか」

「明日、君が疲れてぜーぜー言ったら後悔するぞ」

ズラはかすかににやりと笑った。

突然レストランが明るくなった。外では霧が上がり、太陽が照り出した。

「あぁ、カズベギ山のお出ましだ」僕の友人が高らかに宣言した。

疑いなく、僕たちの鼻先にとてつもなく巨大な山がそびえ立っていた。僕はそのような大きな山を見たことがなく、あっけにとられて見ていた・・・あぁ、僕たちはあれに登るのか?!動揺で僕の口の中は乾き、心臓が止まった。いや、おなかを痛くさせないと・・・ええい、もうどうにでもなれ!!!ウェイターがビール3本、そしてヒンカリも運んできた。酸っぱくてにおいのあるビールは、僕にとっては天国のジュースのように感じる。ズラはヒンカリに胡椒をふりかけ、ついでのように言った。

「これにはチャチャが合うなぁ・・・」

「冗談だろ!」と親友がぎょろっと睨んだ。

「君はどう思う?」とズラは今度は僕に尋ねた。

「合うと思うよ」

ズラは自分のリュックサックを開いて、そこから1リットルの瓶を取り出した。

「チャチャだ。俺が蒸留した・・・」

「僕はいらない!」と親友は言った。

「どうぞ、召し上がれ・・・旨そうなチャチャだろう!」

ズラはふたつのコップを満たした。

「そうだなぁ!」と僕は同意して言った。

「じゃあ、我々に乾杯!」

「我々に乾杯!」

僕たちは飲んだ。本当に旨いチャチャだ。ヒンカリも一緒に食べた。ヒンカリも旨い!ズラは再びコップを満たし、僕たちはお互いにコップをかちりと合わせて乾杯した。

「このコップで、我々が知りあったことに乾杯!」と彼は私に言った。

「乾杯!」

チャチャは旨くて、僕の体の中に心地よい熱気が流れた。生きてるって、なんていいものなんだ!

「あのぅ、ちょっと僕にも注いでよ・・・」と親友がおずおず言った。

そしてズラはコップに注いだ。

「君たちが知りあったことに乾杯・・・」と彼は言い、飲んだ。

「そうこなくっちゃ、なっ!」

それから僕たちはそれぞれ一杯ずつ飲み、ズラは再びコップを満たした。

僕はカズベギ山を見た。今はもう、それほど恐ろしくはない。

「大丈夫だ、登るぞ!」

「おい、あのお前のシャンパンを出せよ!」とズラは言った。

「誰のシャンパン?!」

「お前のシャンパンだ」

「兄さん、なんてこと言うの?!」

「出せよったら、出せよ!」

親友はリュックサックを引きずり寄せて開け、同時にぶつくさ言った。

「こうなることは分かっていたよ、分かったよ!」

フランスのシャンパンの瓶は、この汚らしい食堂で、まるで太陽のように輝いている・・・そして、突然ふたつ目の奇跡も起こった。髭をそっていない汚れた上着を着たウェイターが、三つのとても美しい長い足のワイングラスを持って来て、僕たちの前に並べた。

「ブラボー」とズラは彼に言い、結局シャンパンを開け、グラスを満たした。

「それでは誕生日おめでとう、お前が何度もこの日に巡り合えるように!」

「立って、立って!」と僕は言った。

僕たち二人は立ち上がった。

僕の親友はちょっとの間物思いに沈んで僕たちを見、それからグラスを手にとって、ゆっくり立ち上がった。クリスタルのグラスを合わせて乾杯すると、心地よい音がした。僕たちは外に目を向けた。そこには巨大なカズベキ山が気高くそそり立ち、そして徐々に霧に包まれて見えなくなった。その日の夜遅く、僕たちはトビリシに戻った。再び「イカルス」に乗った。ズラは眠っている。眠りながら楽しそうに微笑んでいる。

 

 (2002年の作) 訳/グルジア語から

 

注釈:

カズベギ山=5000メートル級の山。カズべギはその麓にあり、グルジア軍用道路のグルジア側最後の町。

イカルス=ハンガリー製の「イカルス」型バス。

チャチャ=グルジアの伝統的な蒸留酒。葡萄から作られる。

 

ヌグザル・シャタイゼ

1944年3月9日トビリシで生まれ、2009年2月10日トビリシで亡くなった。グルジアの作家、劇作家、エッセイスト

 

 

(無題)       ヨシフ・スターリン

薔薇のつぼみが開いて、
菫を抱きしめ、
アイリスの目を覚まさせ、
そよ風にお辞儀した。

雲雀が高い雲の中
チッチッと囀り、
ナイチンゲールも気持ちを込めて
優しい声でこんなことを語っていた。

「栄えあれ 美しい国よ、
称えよ、 イベリアよ、
そして、君もだ、グルジア人よ、
故郷のために学ばん!」

         

訳/グルジア語から


Joseph Stalin. 1878-1953
イベリア新聞 1895年
(注・イベリア=コーカサス地方を指す古代ギリシャ・ローマの古称)