98字日記ーひとりのときに

文章を書く鍛錬として書きはじめました。

「98字」は自分への課題のひとつです。

バイオリニストが演奏前に調弦するA(アー)の音のように、

正確に、短く、つづく音楽が気持ちよく響くことを願って

2月24日(土)
歌舞伎座の舞台に下がった草間彌生制作の祝い幕を前に、草間彌生と十代目松本幸四郎が語るシーンをTVでみる。その前には幸四郎が草間のアトリエを訪ねた。異質にすら見える二人が接点を持つ様が面白かった。

2月23日(金)
宮下奈都『羊と鋼の森』が文春文庫になったので、すぐに買い、今日一日で読んだ。端正な文体で熱く清々しく、エンタテインメントのジャンルに入っているのが嬉しい。私自身は200回近く調律に立ち会っているはず。

2月22日(木)
雪。積もるほどではない細かな雪の幕が視界を覆う。でも翻訳塾は休講にはならず、帰りのバスで久しぶりに山口さんに会った。いま一番長くいる場所は永田町での座り込みの中、と笑って言う。どうかお身体を大切に。

2月21日(水)
女子団体パシュート(朝日紙面では団体追い抜き)で日本が金メダル。メダルを取らなくても、と斜に構えがちな私も夢中になった。こんな競技をだれが考えたのだろう。ルールを覚えたところでスペルも正しく。pursuit。

2月20日(火)
ルドン展をみる。日本で初公開の『グラン・ブーケ』は三菱一号館美術館が購入したのだった。パステルで描かれた大きくて素敵な作品。他にもオルセーなどから集められた花の絵がよくて、もう一度行けたら行こう。

2月19日(月)
今朝の報道で知った、上海の書店の閉鎖が残念。どうして中国は自由を認めない国であり続けるのだろう。言論の取り締まりが厳しい。中国の文化に教えを求めている日本の学者、学生は多いのに前途が閉ざされている。

2月18日(日)
昨日は、もう一人、新たな歴史を刻んだのが、全棋士参加の棋戦で優勝し最年少記録で六段になった中学生の藤井聡太。敬意を表して今日は出かけず117手の決勝指し手を最初からやってみた。ゴールすら分からなかった。

2月17日(土)
羽生結弦が一位、宇野昌磨が二位というフィギュアスケートの結果は日本中が喜んでいいと思う。伝えられる二人の努力は格別だから。でもフリーでは一位だったアメリカのネーサン・チェンの滑りをきちんと見たかった。

2月16日(金)
銀座でいま最大の書店は銀座シックス内の蔦屋。広すぎて、すぐ店員さんに助けてもらう。あとは教文館だけ。近藤書店、イエナ、旭屋などが懐かしい。日本橋と大手町の丸善にも足を延ばすけれど銀座にもっと本屋を!

2月15日(木)
スノーボード、スケートボード、サーフィンなどの総称を「横乗り」というそうだ。知らない言葉が次々と出てくるオリンピックーーカーリングは点の入り方が分からない。スノーボードクロスがシンプルで面白かった。

2月14日(水)
ハーフパイプで優勝したショーン・ホワイトという名前には見覚えがあった。10年ほど前に課題として日本では未知数だったXスポーツの記事を選び、そこに書かれていたのが彼、赤毛の「フライング・トマト」だった。

2月13日(火)
翻訳は自分の思考ではないことを書かれているのとは別の言語にする作業で、そこが楽しい。原文を深く読み込まなければ真意を得ることはできず、真意を得なければ相応しい言葉が当てられるはずもない。体力もいる。

2月12日(月・祝)
平昌(ピョンチャン)冬季五輪が始まっている。TVでそれなりに楽しんでいるし、どれもこれも凄い技術と勇気がいるものばかりで敬服しきりなのだけれど、それぞれの場所を作ることの大変さはいかばかりかと思う。

2月11日(日)
昨日、gggで『平野甲賀と晶文社展』。手に取れるよう展示された600冊は甲賀さんが装丁した十分の一に満たないという。すごい仕事。初版の表紙が時代も感じさせて興味深い。こんなにも個性的な出版社だったのに。

2月10日(土)
石牟礼道子さん没。2週間前に朝日紙上のエッセイ「魂の秘境から」が、ネコの話から水俣に行きつくまでが柔らかなタッチで読む者に迫っていて、先週も横浜クラスの人達とその文章の見事さを話し合ったところだった。

2月9日(金)
紫藤幹子『ニキチ』を読む。日本から遣欧使節団と共に伊・クレモナに渡った16歳の船大工ニキチ。この構想はどこから生まれたのか。最後の5行に息を飲んだ。脳性麻痺という運命と共に生き書き続ける作者が素敵。

2月8日(木)
古典を楽しむ素養がなくても心に響くものはあるとわかった。10日ほど前の日曜日にTVで「五段砧」という箏曲を聴き、思わず手を止めて画面を凝視した。人間国宝の米川文子演奏とは後で知った。凛と輝く91歳。

2月7日(水)
横浜で授業を終えると部屋の出口で誰かが手を振っていた。章枝さん。以前ここで教えていたから勝手知ったる場所のはず。嬉しいサプライズで2時間、話し込む。昨秋、紫藤幹子さんが泉鏡花文学賞を受賞したという。

2月6日(火)
エクフティミシュヴィリ監督のジョージア映画『花咲くころ』をみる。1992年春のトビリシが舞台。14歳の少女二人を描く原題は『グルゼリ・ナテリ・ドゥゲエビ(長く明るい日々)』。強く生きながらヒリヒリする痛み。

2月5日(月)
銀座三越前でバスに乗ろうとした時、降りてきた男性に声をかけられた。「あ、お久しぶりですね。お元気ですか?」誰だったのか、今も分からない。ええ、と会釈で返事をしだけの束の間の再会。昔からよくあること。

2月4日(日)
Nさんとの電話で、低空で通る飛行機の音は日常生活の中で我慢できるかという話になった。私には難しいけれど「墜落した飛行機の下敷きになって、それがきっかけで基地がなくなると嬉しい」と夢を語り、笑われた。

2月3日(土)
この数日はケヴィン・ブロックマイヤーの作品を読むことに当てたい。気になる、といった程度で放ってあったのが惜しまれ、手に入る原作を集め、邦訳はとりあえず1冊『終わりの街の終わり』。SFとくくれない魅力。

2月2日(金)
昨夜から今朝にかけて東京でまた雪が降ると、テレビが総力を挙げて注意警報を発していた。今朝は一番降っている所にリポーターとカメラマンが駆け付けて、まさに狂騒曲。それに一喜一憂するこちらも情けない。

2月1日(木)
「ひとすじの光のさした大地の心に/ひとはひとりで立っているのだ/そこに夕暮というものはないのだ」(サルヴァトーレ・クワジーモド『ひとすじの光の・・・・・』高見順訳)