シリーズ翻訳断章

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あるエッセイに英国人でも読み方を迷うAlnwick という地名があった。アニックが正解で、アニック城は世界有数の美しい庭で知られる。またこの街の廃駅跡にたつ素敵な古書店バーター・ブックスの壁面には、作家たち30数人が実物大で描かれた巨大な絵がかかる。地名をカタカナでどう書くか調べる中で興味深い事実に次々と出会う。

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翻訳を楽しむ人の中には、言葉を訳すよりも調べる部分のワクワク感にはまっていると言う人も多い。文中に地名が出てくれば必ず地図で実際の位置を確認する。インターネットを駆使すれば世界中の町や村がどんな所か見当がつく。ときには簡単な歴史的背景を知ることで、その地の特色が掴めるし住む人の思いに触れることもある。


翻訳は絶対に文字ですること。英語を頭の中で日本語に置きかえたり口で言ってみるだけでは訳したことにならない。例えば (a girl)from NY は「NYから来た(女の子)」か「NY 出身の」か文脈によって違う。それに a girl が子どもならば「NY 育ちの女の子」という表現も思いつきたい。文字にしてこそ、あれこれと試行錯誤できる。


自分以外の人間になりたくない人には翻訳は合わない。原文の書き手の気持ちになってすることだから。ある時、自分はいつも「です、ます」で書くのに翻訳では語尾を「である」にすることが多く、乱暴な文章を書いているような気になり、やめますという人がいた。私には青天の霹靂。正々堂々と乱暴なことが書けるなんて素敵なのに。


文章全体の流れが翻訳には大切でも、一字一句を大切にすることも基本。ショパンのエチュードを弾くのに音符が一つずれたら台無しになるように。それには自分の思い込みを直していくことが必要。昔、どこかで a few は「2、3」と習った人が多い。これは間違いで、「3、4」や「5、6」もある。だから in a few days は「数日中に」。


翻訳は極上の「趣味」となる。16年間、英文翻訳塾を続けてきて、そう考えている。
もちろん、仕事や勉強としての翻訳あってのこと。でも一方で音楽を聴いたり、釣りをしたり、山に登ったり、絵を描いたりするように翻訳それ自体を楽しむことを追ってみたい。(ここでは英語から日本語への翻訳を基本とします。)